備中松山城

(びっちゅうまつやまじょう)
📍 岡山県 高梁市🏯 歴史⛰️ 名所🎭 文化

【概要】

海抜430mの臥牛山山頂に位置し、現存天守を持つ山城としては最も高い場所にあります。秋から冬にかけての早朝には、雲海に浮かぶ幻想的な姿を見ることができ、「天空の山城」として人気を集めています。

【歴史】

備中松山城は、仁治元年(1240年)に秋庭三郎重信が臥牛山の大松山に砦を築いたのが始まりとされます。戦国時代には三村氏が本拠として大規模な城塞に拡張し、毛利氏との争いの舞台となりました。江戸時代の寛永19年(1642年)に水谷勝隆が入封し、2代勝宗が天和元年から3年(1681年から1683年)にかけて現在の天守を建造したと伝わります。その後は板倉氏が8代にわたり城主を務め、明治を迎えました。

【特徴】

備中松山城は標高430メートルの臥牛山山頂付近に築かれ、天守が現存する城としては日本で最も高い場所に位置する唯一の山城です。天守は複合式望楼型の2重2階で高さ約11メートル、現存12天守の中では最小ながら、天然の岩盤の上に石垣を積み上げた要害堅固な構えを誇ります。天守、二重櫓、三の平櫓東土塀が国の重要文化財に指定されており、日本100名城にも選ばれています。

【見どころ】

備中松山城の最大の見どころは、秋から冬の早朝に発生する雲海に浮かぶ姿で、「天空の山城」と呼ばれます。岡山県高梁市では、市街地を挟んだ対岸の雲海展望台から、10月下旬から12月上旬にかけて幻想的な光景を望むことができます。大手門跡付近では巨大な岩盤と石垣が一体となった迫力ある景観が広がり、城下町には武家屋敷や紺屋川美観地区など江戸の面影を残す町並みが続いています。

【トリビア】

平成30年(2018年)の西日本豪雨の後、城に迷い込んだ一匹の猫が居着き、「猫城主さんじゅーろー」として親しまれ、観光客を癒す名物になりました。幕末には藩の財政再建を成し遂げた陽明学者の山田方谷が活躍し、明治維新の際には城を戦火から守るため無血開城を決断したと伝わります。臥牛山には野生のニホンザルが生息しており、天守を目指す登城道で出会うこともあります。

📅 最終更新: 2026/9/6
備中松山城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です