【概要】
厚岸国泰寺は北海道厚岸町にある臨済宗南禅寺派の寺院で、蝦夷三官寺のうち東蝦夷地の東端を受け持った一寺です。文化元年(1804年)に厚岸湾へ突き出すバラサン岬の丘に開かれ、歴代の住職が六十年にわたって日鑑記を書き継ぎました。跡地は国の史跡に指定され、境内には天保元年に移し植えられた老桜が今も花を咲かせます。
【歴史】
厚岸国泰寺は、ロシアの南下に備えた幕府の蝦夷地政策の一環として、文化元年(1804年)に蝦夷三官寺の一つとして開かれました。初代の住職には相模国津久井郡青山村の光明寺から文翁が招かれ、厚岸湾に突き出したバラサン岬の一角が寺地に選ばれています。以後の住職は文化元年から文久3年(1863年)まで、六十年にわたって日鑑記と呼ばれる日記を書き継ぎました。
【特徴】
山号を景雲山と号する臨済宗南禅寺派の寺院で、北海道厚岸町にある厚岸湾を望む丘に境内が広がります。明治に入って幕府の扶持を失うと寺勢は衰え、いま建つ堂宇は後世に大きく手が入ったものが多いのですが、東を向く本堂と山門、江戸期の石造物は伝えられ、境内と背後の一帯およそ13万平方メートルが昭和48年(1973年)に国の史跡に指定されました。
【見どころ】
境内でよく知られるのが老桜と呼ばれるエゾヤマザクラで、天保元年(1830年)に堂の修理にあたった山田文右衛門が奥州石巻から移し植えたと伝わります。幹まわりは約3メートル、高さは10メートル近くあり、五月なかばから下旬にかけて花を咲かせます。ほかに天保6年の観音石仏や天保13年の仏舎利塔、歴代住職の墓所も残されています。
【トリビア】
歴代の住職が書き継いだ日鑑記は、厚岸周辺で暮らすアイヌの人々の様子や天候、災害、外国船の来航までを日々書きとめており、東蝦夷地の歴史を知る第一級の史料とされています。これを含む八百点を超える文書や什物が蝦夷三官寺国泰寺関係資料として重要文化財に指定され、蝦夷三官寺は2018年に北海道遺産にも選ばれました。




