飛鳥五大寺は、持統天皇の時代に朝廷の保護を受けた五つの寺、大官大寺・飛鳥寺・川原寺・豊浦寺・坂田寺の総称です。いずれも奈良県明日香村に営まれ、仏教が日本に根づいていく最初期を支えました。現在は伽藍の多くが失われ、史跡として跡をたどる寺が大半ですが、飛鳥寺の飛鳥大仏や川原寺跡の礎石など、当時の技術と信仰を伝えるものが今も残っています。
#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています
A.飛鳥五大寺は、持統天皇の時代に朝廷の保護を受けた大官大寺・飛鳥寺・川原寺・豊浦寺・坂田寺の五つの寺をまとめた呼び名です。いずれも奈良県明日香村に営まれ、仏教が日本に根づいていく最初期を支えました。蘇我氏や鞍作氏が開いた寺と、天皇が建てた官寺が並んでいるのが特徴です。
A.本格的な伽藍を備えた寺としては飛鳥寺(法興寺)が最も早く、蘇我馬子が588年に造営を始め、596年に一応の完成をみました。ただし坂田寺は『扶桑略記』が522年に司馬達等が草堂を結んだのを起源と伝え、豊浦寺(向原寺)も蘇我稲目が自邸を仏殿としたのが始まりと伝わります。
A.大官大寺です。大官大寺跡は飛鳥・藤原の地に営まれた古代寺院のなかで最大の規模を誇り、寺域は東西およそ205メートル、南北およそ354メートルに及びました。九重塔と藤原宮の大極殿に匹敵する金堂を備えていましたが、造営の途中の711年に火災で失われたことが発掘調査で裏づけられています。
A.飛鳥寺(法興寺)では日本最古級の金銅仏である飛鳥大仏を拝め、川原寺(弘福寺)の跡には白い大理石の礎石が並びます。豊浦寺(向原寺)の境内では地下に保存された豊浦宮の遺構を見学できます。一方、大官大寺と坂田寺の跡は建物が残らず、史跡の標柱や石碑、説明板が立つ田園となっています。
A.五つの寺はすべて奈良県明日香村にあり、いずれも直線距離で約3km以内に収まります。最も離れているのは大官大寺と坂田寺で、直線距離で約3kmです。飛鳥寺(法興寺)と豊浦寺(向原寺)、川原寺(弘福寺)と坂田寺などは直線距離で約1kmと近く、飛鳥を歩く道筋のなかに点在しています。