【概要】
湯築城は、1335年ごろに伊予の守護であった河野通盛が愛媛県松山市の道後に築いたと伝わる城です。以後およそ250年にわたって伊予の中心となりましたが、1585年の四国攻めで開城し、まもなく廃城となりました。石垣も天守も持たず、丘陵を二重の堀と土塁で囲んだ中世の城で、いまは道後公園として整備され、上級武士の居住区の復元や土塁の断面展示を見ることができます。
【歴史】
湯築城は、1335年(建武2年)ごろに伊予の守護であった河野通盛が築いたと伝わる城です。河野氏は風早郡の本拠からこの地に移り、以後およそ250年にわたって伊予の政治と文化の中心を担いました。1535年(天文4年)には外堀が加えられて城域が広がりますが、1585年の豊臣秀吉による四国攻めで小早川隆景に降伏して開城し、まもなく廃城となって河野氏の時代は幕を閉じました。
【特徴】
湯築城は石垣も天守も持たない中世の城郭で、丘陵を二重の堀と土塁で囲んだ構えが大きな特徴です。中央の丘の上に本壇と呼ばれる中枢を置き、その周囲に広がる平坦地に家臣たちの居住区を配していました。土を掘り、盛り、削るという中世の築城技術がそのまま残されている点で全国的にも貴重で、2002年には国の史跡に指定され、石垣を持たない中世の城として日本百名城にも選ばれています。
【見どころ】
発掘調査の成果をもとに、上級武士の居住区が当時の工法で復元されており、屋敷の内部に入って中世の暮らしぶりを体感できます。外堀の土塁は断面を切り取った状態で展示され、土を積み上げた層をそのまま観察できるのも面白いところです。湯築城資料館では出土した土器や中国製の陶磁器、河野氏の歩んだ歴史を学ぶことができ、丘の上の展望台からは松山城の天守まで見晴らせます。
【トリビア】
城跡は現在、愛媛県松山市にある道後公園として整備され、およそ8.5ヘクタールの園内は地域の人々の憩いの場として親しまれています。園内は桜の名所としても知られ、春には多くの花見客が訪れ、日本さくら名所100選にも選ばれています。道後温泉の本館までは歩いて数分という近さで、湯築という名も、湯の湧くこの地に築かれた城であることに由来すると考えられています。
