宇和島城

(うわじまじょう)
切り替え:📍 四国愛媛県 宇和島市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

宇和島城は、愛媛県宇和島市にある城で、941年に橘遠保が砦を築いたのが始まりと伝わり、1601年に藤堂高虎が初めて天守を建てたとされます。築城当時は海に接した海城で、上から見ると不等辺五角形になる縄張を持ちます。1615年からは宇和島伊達家9代の居城となり、2代宗利が1666年ごろに建て替えた三重三階の天守が現存し、現存十二天守の一つに数えられます。

【歴史】

宇和島城の地には、941年(天慶4年)に橘遠保が砦を築いたのが始まりと伝わります。天守が初めて建てられたのは1601年(慶長6年)、築城の名手と称された藤堂高虎の手によるものとされます。1615年(慶長20年)には伊達政宗の長男である秀宗が10万石で入城し、以後は西国の伊達と呼ばれた宇和島伊達家9代の居城として、明治維新を迎えるまで受け継がれました。

【特徴】

愛媛県宇和島市にある宇和島城は、上から見ると不等辺五角形になる独特の縄張を持つことで知られています。四角形に見せかけて一辺に余分な空間を設ける藤堂高虎ならではの工夫とされ、攻め寄せる敵の意表を突く仕掛けであったと考えられています。築城当時は北面と西面が海に接し、残る三方も海水を引き込んだ堀に囲まれた海城で、堅固さと物資輸送の便を兼ね備えていました。

【見どころ】

現在の天守は独立式層塔型三重三階で、2代藩主の伊達宗利が1666年(寛文6年)ごろに建て替えたものが現存し、国の重要文化財に指定されています。破風や懸魚を整えた優美な外観は、戦国の緊張が去った泰平の世を映した造りといわれます。麓の上り立ち門から石段をたどる道すがら、井戸丸跡や苔むした石垣が続き、山上に出ると宇和海と城下の眺めが大きく開けます。

【トリビア】

宇和島城は現存十二天守の一つに数えられ、日本百名城では第83番に選定されています。別名は鶴島城、板島城、丸串城と伝わり、いずれも往時の地形や地名に由来するとされます。城の建つ丘は標高約80メートルで、かつては海に突き出た地形でしたが、江戸期以降の埋め立てにより現在は街並みに囲まれています。天守の入口には格式を示す唐破風の玄関が設けられています。

📅 最終更新: 2026/9/25
宇和島城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です