上田城

(うえだじょう)
📍 中部長野県 上田市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

上田城は、1583年(天正11年)に真田昌幸が長野県上田市に築いた平城で、二度の上田合戦で徳川方の軍勢を退けたことで知られます。関ヶ原の戦いの後に破却され、1626年から仙石忠政が再建しました。本丸東虎口には江戸期から現存する西櫓、明治に払い下げられた後に現在地へ戻された南櫓と北櫓、1994年に復元された東虎口櫓門が並び、巨石の真田石も見られます。

【歴史】

上田城は、1583年(天正11年)に甲斐武田氏の旧臣であった真田昌幸が築いた城です。昌幸は1585年の第一次上田合戦で徳川方の軍勢を、1600年の第二次上田合戦では関ヶ原へ向かう徳川秀忠の大軍を、いずれも寡兵で退けたことで名高い武将です。関ヶ原の戦いの後に城は徹底的に破却されましたが、1622年に真田信之が松代へ移った後、入封した仙石忠政が1626年から再建に着手しました。

【特徴】

長野県上田市にある平城で、南側を流れる千曲川の分流が削った尼ヶ淵の断崖を天然の防壁とした立地が最大の特徴となっています。城の南側は切り立った崖、他の三方は幅の広い堀と土塁で固められ、少ない兵で大軍を食い止めるための工夫が随所に施されていました。江戸期には仙石氏、次いで松平氏の居城として明治まで続き、七棟の櫓と二棟の櫓門を備えた姿が整えられました。

【見どころ】

本丸東虎口には、江戸期から現存する西櫓と、明治に払い下げられた後1949年に現在地へ戻された南櫓・北櫓、そして1994年に復元された東虎口櫓門の三棟が並び立ちます。櫓門脇の石垣にある真田石は直径およそ3メートルの巨石で、上田城を代表する見どころです。城跡公園はおよそ千本の桜が咲き誇る名所でもあり、春と秋の祭りの時期には大いに賑わいます。

【トリビア】

真田石には、信之が松代へ移る際に父・昌幸の形見として持ち去ろうとしたものの微動だにせず、かえって父の器量の大きさを思い知らされ、持ち出しを諦めたという逸話が伝わっています。江戸期から現存する西櫓と、移築先から買い戻されて城内へ戻った南北二棟の櫓は、いずれも長野県宝です。城跡は国の史跡で、日本百名城では第27番に数えられ、不落の城として語り継がれています。

📅 最終更新: 2026/9/25
上田城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です