【概要】
豊臣秀吉は、天文6年(1537年)に尾張国愛知郡中村、いまの愛知県名古屋市中村区で生まれたと伝えられる武将です。足軽の家から身を起こして織田信長に仕え、信長の死後は天下統一を成し遂げました。生誕地には明治18年(1885年)に豊国神社が創建され、参道の入口には高さ約24メートルの大鳥居が立っています。
【歴史】
豊臣秀吉は天文6年(1537年)、尾張国愛知郡中村の足軽の家に生まれたと伝えられます。木下藤吉郎と名乗って織田信長に仕え、草履取りから身を起こしたという逸話で広く知られます。天正10年(1582年)の本能寺の変のあとは山崎の戦いで明智光秀を破り、天正18年(1590年)の小田原攻めによって天下統一を完成させました。
【特徴】
豊臣秀吉は、城攻めでも人の扱いでも知恵で局面を動かした人物として語られてきました。一夜城の伝承や水攻め、兵糧攻めといった戦い方は、力押しを避けて相手を追い込む発想の表れです。関白や太政大臣に就き、豊臣の姓を与えられて武家の頂点に立ちながら、出自を隠さず陽気に振る舞った人柄も後世に愛される理由となっています。
【見どころ】
豊臣秀吉の生誕地と伝えられる一帯は、いまは中村公園として整備されています。ここは愛知県名古屋市中村区で、園内には秀吉を祀る豊国神社が鎮座し、参道の入口には昭和4年(1929年)に建てられた高さ約24メートルの大鳥居がそびえます。名古屋市秀吉清正記念館では尾張の戦国武将の資料を見られ、東隣の常泉寺も生誕地と伝えられています。
【トリビア】
豊国神社は、生誕地の荒廃を惜しんだ当時の県令らの働きかけによって明治18年(1885年)に創建されました。隣接する妙行寺は加藤清正の生誕地と伝えられ、境内の摂社でも清正が祀られています。毎年5月の太閤まつりでは、子どもたちが装束をまとって練り歩く出世稚児行列が行われ、豊臣秀吉の立身出世にあやかります。




