平将門(将門塚)

(たいらのまさかど)
切り替え:📍 東京都 千代田区🏯 歴史🎭 文化📦 その他

【概要】

平安時代中期、関東で「新皇」を名乗り朝廷に反乱を起こしましたが(承平・天慶の乱)、討ち取られました。京都で晒された首が、故郷を慕って東国へ飛び去り、力尽きて落ちた場所が現在の将門塚(東京都千代田区)と伝えられています。日本最強の怨霊の一人とされ、粗末に扱うと必ず祟りがあると言われています。

【歴史】

平将門は平安時代の中頃、天皇の血筋を引きながら実力で関東一円を制圧し、みずから新しい天皇を意味する「新皇」を名乗った武将です。朝廷への公然たる反逆は前例がなく、939年に旗を挙げたものの、わずか2か月後の940年に平貞盛と藤原秀郷の軍に討ち取られました。京で晒された首が夜ごと目を見開き、胴を求めて叫んだ末に東の空へ飛び去ったという伝説が、後の世まで語り継がれています。

【特徴】

東京都千代田区、大手町の高層ビルの谷間には、緑に囲まれた石碑の建つ「将門塚」が残されています。戦後にこの場所を整地しようとした際に事故が相次いだと語られ、周辺のビル建設でも不可解な出来事が続いたことから、将門の祟りとして畏れられてきました。塚に背やお尻を向けて座らない、工事の前には必ずお祓いをするなど、ビジネス街で働く人々は今も特別な敬意をもって接しています。

【見どころ】

近代的なオフィス街のただ中で、そこだけが異空間のように静かな空気に包まれています。塚は2021年に第六次の改修を終えて整えられ、現在は供物や線香を供えることはできず、静かに手を合わせるかたちで参拝します。将門を御祭神として祀る神田明神は勝負事や厄除けの神として絶大な人気を集め、二年に一度の5月に行われる神田祭は江戸三大祭りの一つとして賑わいます。

【トリビア】

京から飛んできた将門の首を迎え撃って射落としたと伝わる神社は各地にあり、岐阜県にある御首神社もその一つです。胴体は坂東市(茨城県)の延命院に葬られたとされ、近くには将門を祀る國王神社も建っています。将門を敬う地域では、討伐を祈願した成田山新勝寺への参拝を避けたり、断面が将門の家紋に似ているという理由でキュウリを口にしなかったりする禁忌が、今も語り継がれています。

📅 最終更新: 2026/9/7
平将門(将門塚)
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です