【概要】
駿府城は、静岡県静岡市葵区にある平城で、今川氏の駿府館の跡地に徳川家康が1585年(天正13年)から築きました。大御所となった家康が1606年から再び大規模な普請を行い、晩年を過ごしてこの城で生涯を閉じています。天守は1635年の大火で焼け落ちたまま再建されませんでした。いまは駿府城公園として整備され、復元された巽櫓、東御門、坤櫓が資料館として公開されています。
【歴史】
駿府城は静岡県静岡市葵区にある平城で、今川氏の駿府館の跡地に徳川家康が築きました。1585年(天正13年)、家康は浜松城から居城を移して築城に着手し、1589年(天正17年)に天守が完成したと伝わります。家康の関東移封後は中村一氏らが入り、1606年(慶長11年)に大御所となった家康が再び大規模な普請を行い、1610年(慶長15年)に新たな天守を完成させました。
【特徴】
城は本丸・二の丸・三の丸を同心円状に配した典型的な輪郭式縄張で、三重の堀が方形に巡っていました。2016年から続けられた天守台の発掘調査では、家康が大御所時代に築いた慶長期の天守台が南北約68メートル、東西約61メートルと確認され、江戸城をしのぐ国内最大級の規模だったことが判明しました。さらにその下層からは、豊臣政権期に中村一氏が築いたとされる天守台と金箔瓦も見つかっています。
【見どころ】
現在の城跡は駿府城公園として整備され、1989年に巽櫓、1996年に東御門、2014年に坤櫓が復元されて往時の姿を伝えています。内部は資料館として一般に公開中です。城内には家康の手植えと伝わるミカンの木や、鷹狩り姿の家康像も立っています。堀端の桜も見事で、春は水面に映る石垣と花の共演を楽しめます。天守台の発掘調査現場は2025年末で公開を終え、2027年春以降の再公開が予定されています。
【トリビア】
駿府城は日本百名城の41番に数えられ、家康が幼少期を人質として過ごし、晩年を大御所として過ごした地でもあります。家康は1607年(慶長12年)に本丸を完成させた直後の同年末に失火で城を焼失し、すぐさま再建に着手しました。天守は1635年(寛永12年)の城下の大火で焼け落ち、以後は再建されないまま幕末を迎えます。なお、家康は1616年(元和2年)にこの城で生涯を閉じ、久能山に葬られました。
