滋賀県(田上山)

(しがけん)
📍 近畿滋賀県 大津市🌿 自然

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【概要】

滋賀県大津市にある田上山(たなかみやま)は、古くから都の造営などのために木材が伐採され続け、江戸時代には完全なハゲ山となりました。花崗岩質の地質が風化し、土砂が流出しやすい状態でしたが、明治期以降、オランダ人技師ヨハネス・デ・レーケの指導などにより日本における近代砂防工事発祥の地の一つとして緑化が進められました。現在でも露出した奇岩が点在する独特の景観を残しています。

【歴史】

滋賀県(田上山)は大津市南部に連なる標高400〜600メートルの山々の総称で、主峰の太神山は標高599.7メートルです。かつてはヒノキの古木に覆われ、『万葉集』巻一の「藤原宮の役民の作る歌」には田上山から切り出したヒノキを宇治川に流して都へ運ぶ様子が詠まれています。藤原京や平城京の造営、石山寺などの寺社建立のたびに伐採が繰り返され、江戸時代には「田上の禿」と呼ばれる完全なはげ山になったと伝わります。

【特徴】

田上山は花崗岩でできており、風化すると真砂土となって雨のたびに大量の土砂が瀬田川に流れ込み、下流で氾濫や河床の上昇を繰り返す原因となりました。植生を失った白い岩肌は千年以上にわたる伐採の結果であり、いわば人の手が作り出した荒廃地です。明治以降は国の直轄事業として砂防と植林が続けられ、現在は湖南アルプスと呼ばれる登山エリアとして親しまれるまでに緑が回復してきました。

【見どころ】

滋賀県大津市の田上地区には、1889年(明治22年)にオランダ人技師ヨハネス・デ・レーケの指導のもとで内務省技師の田辺義三郎が設計した「オランダ堰堤」が残り、現在も現役の砂防施設として機能しています。同じく明治期に築かれた鎧堰堤とあわせて日本の近代砂防発祥の地とされ、周辺は砂防の歴史を学べる散策路として整備されています。堂山や太神山の稜線からは、露出した花崗岩の奇岩と琵琶湖の眺望を楽しめます。

【トリビア】

田上山の砂防には、砂防技術の集大成『水理真宝』を著した市川義方や、ヒメヤシャブシやアカマツを植林した松田宗寿など、多くの人物が関わったと伝わります。緑が戻った現在も土壌は薄く、一部では砂防工事が続いており、「1300年続く治山事業」と呼ばれることもあります。麓の田上地区は良質な花崗岩の産地でもあり、石材として利用されてきたという意外な一面も持っています。

📅 最終更新: 2026/9/19
滋賀県(田上山)
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です