【概要】
千住宿は、日光街道と奥州街道に共通する最初の宿場で、東京都足立区にある千住を中心に、隅田川をまたいで南千住側にも町が広がっていました。寛永二年にあたる1625年に宿場に定められ、江戸四宿のなかでも品川宿と並ぶ大きな宿場として栄えました。松尾芭蕉が奥の細道の旅に踏み出した地としても知られ、今も宿場町通りに往時の名残が点在しています。
【歴史】
千住宿は、寛永二年にあたる1625年に日光街道の宿場として開かれました。それより前の1594年には隅田川に最初の橋となる千住大橋が架けられ、街道の要として整えられていきます。万治元年にあたる1658年には本宿の南に掃部宿や河原町、橋戸町が加わり、その後隅田川の南岸の中村町と小塚原町も宿場の一部となって、川の両岸にまたがる大きな宿場町になりました。
【特徴】
千住宿は日光街道と奥州街道に加えて、水戸へ向かう道も分かれる交通の結節点でした。隅田川の舟運とも結びつき、川沿いには青物を扱う市場が開かれて、やっちゃ場の名で江戸の台所を支えました。掃部宿という町名は、新田を開いた石出掃部介吉胤にちなむとされます。日光東照宮へ向かう将軍の社参や大名行列も通り、宿場は物流と人の往来の両面でにぎわいました。
【見どころ】
北千住駅の西側を南北に走る宿場町通りが旧日光街道の道筋で、商店街のところどころに本陣跡や問屋場跡を示す案内板が立っています。蔵造りの商家として残る横山家住宅や、千住大橋の北詰にある奥の細道矢立初めの碑など、歩いて巡れる史跡が多いのも魅力です。通りから一本入った路地には古い蔵や町家が残り、宿場町の空気を感じながら散策できます。
【トリビア】
松尾芭蕉は元禄二年にあたる1689年、深川から舟で隅田川をさかのぼって千住で陸に上がり、ここから奥の細道の旅に出ました。旅立ちに詠んだ行く春や鳥啼魚の目は泪の句は矢立初めと呼ばれます。ただし舟を上がった場所が北岸か南岸かには説があり、北岸の千住大橋公園と南岸の素盞雄神社のそれぞれに、芭蕉の旅立ちを記念する碑が立っています。
