【概要】
江戸時代の宿場町の面影を色濃く残すスポットです。約500メートルの街道沿いに茅葺き屋根の民家が建ち並び、名物の「ねぎそば」目当てに多くの観光客が訪れます。
【歴史】
江戸時代に、会津若松城下から下野の国(現在の栃木県日光市今市)を結ぶ重要な街道であった下野街道(会津西街道)の宿場町として大いに発展・栄えました。参勤交代に向かう大名行列や、多くの旅人、商人たちがこの宿場で疲れを癒やしたと伝えられています。現在でも約500メートルにわたる旧街道沿いに、当時の面影を色濃く残す見事な街並みが奇跡的に保存され続けています。
【特徴】
あえてアスファルトによる現代的な舗装を行っていない昔ながらの広い土の街道の両側に、約30軒の立派な茅葺き屋根の民家や店舗が規則正しく整然と建ち並んでいます。景観維持の徹底ぶりが素晴らしく、電柱や配線などが全て地中化されているため、電線が視界を遮ることが一切なく、見渡す限り江戸時代にタイムスリップしたかのような完璧な歴史的景観をじっくりと堪能できます。
【見どころ】
街道の一番奥に位置する子安観音堂へ登る小高い丘(見晴らし台)からの見下ろす眺めはまさに絶景で、街道の両側に並ぶ茅葺き屋根の家々を一望にできる最高の撮影スポットです。また、毎年2月には厳しい冬の寒さの中で「大内宿雪まつり」が盛大に開催され、街道沿いに作られた無数の手作り雪灯籠の温かいロウソクの灯りが、真っ白な銀世界をこの上なく幻想的に照らし出します。
【トリビア】
大内宿を訪れた観光客の多くが楽しむ名物グルメといえば、お箸の代わりに一本の太くて長い生ネギをそのまま使って食べるという非常に斬新な「ねぎそば(高遠そば)」です。ネギを薬味としてガブリとかじりながら冷たいお蕎麦をすする独特のワイルドなスタイルが名物となっており、かつて信州高遠藩で育った保科正之が会津藩主となった際に持ち込んだ食文化が発祥だとされています。




