大洲城

(おおずじょう)
📍 四国愛媛県 大洲市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

大洲城は愛媛県大洲市にある城で、1331年ごろに宇都宮豊房が地蔵ヶ嶽に築いた城が始まりと伝わります。藤堂高虎が近世城郭へ整え、1617年からは加藤氏が明治維新まで治めました。四重四階の天守は天守雛形や古写真をもとに伝統工法で木造復元され、2004年に完成しています。台所櫓と高欄櫓をはじめ江戸時代から残る四棟の櫓は国の重要文化財で、肱川を天然の堀としています。

【歴史】

大洲城は、1331年(元徳3年)ごろに伊予国守護の宇都宮豊房が地蔵ヶ嶽に築いた城が始まりと伝わります。戦国末期の1568年に宇都宮氏が去った後、1595年に藤堂高虎が入って近世城郭へと整備し、続く脇坂安治の時代に天守など主要な建物が整えられました。1617年には加藤貞泰が米子から6万石で入封し、以後は加藤氏が大洲藩主として明治維新まで12代にわたり治めました。

【特徴】

愛媛県大洲市にある大洲城は、肱川の流れを天然の堀として取り込んだ地形の妙が持ち味で、川面に映る白亜の天守が象徴的な景観をつくっています。現在の四重四階の天守は、江戸時代に作られた天守雛形という木製模型と、明治期に撮影された古写真という豊富な史料をもとに、伝統工法で忠実に再現され2004年に完成しました。四重四階の天守の木造復元としては戦後初の例で、高さも木造復元天守では国内最大級です。

【見どころ】

天守に接続する台所櫓と高欄櫓をはじめ、江戸時代から残る四棟の櫓が国の重要文化財に指定されており、復元された天守と現存の櫓を続けて見比べられるのが大洲城ならではの魅力です。天守内部では通し柱や吹き抜けの豪快な木組みを間近に観察でき、最上階からは肱川と城下町を一望できます。夏の夜には川面で伝統の鵜飼が行われ、城との共演を楽しむことができます。

【トリビア】

大洲城は日本百名城の第82番に選ばれています。別名は地蔵ヶ嶽城、比志城、大津城など複数あり、この地の名の移り変わりをたどる手がかりにもなっています。天守の木造復元にあたっては市民や企業から多額の寄付が寄せられ、地域の熱意が長い事業を後押ししました。近年は城の建物に宿泊できる取り組みも始まり、新しい城の楽しみ方として全国的な注目を集めています。

📅 最終更新: 2026/9/25
大洲城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です