【概要】
織田信長は、天文3年(1534年)に尾張で生まれ、戦国の世を天下統一へ大きく近づけた武将です。生誕地は那古野城とする説と勝幡城とする説があり、近年は勝幡城説が有力とされています。那古野城は父の織田信秀から譲られた最初の居城で、その跡地は愛知県名古屋市中区にある名古屋城の二之丸にあたり、いまも石碑が建っています。
【歴史】
織田信長は天文3年(1534年)に尾張で生まれ、織田信秀の嫡男として育ちました。生誕地には那古野城説と勝幡城説があり、近年は勝幡城説が有力とされていますが、なお決着はついていません。父の信秀が今川氏豊から奪った那古野城はやがて幼い信長に与えられ、弘治元年(1555年)に清須城へ移るまでの十数年にわたる居城となりました。
【特徴】
若い頃の織田信長は奇抜な身なりで町を歩き、家中から大うつけと呼ばれたと伝わります。しかし永禄3年(1560年)の桶狭間の戦いで大軍を率いる今川義元を討ち取ると評価は一変し、鉄砲の大量運用や関所の撤廃、楽市楽座といった新しい施策を次々に打ち出しました。既存の権威や前例にとらわれない発想こそが、その最大の特徴といえます。
【見どころ】
那古野城の跡は、愛知県名古屋市中区にある名古屋城の二之丸一帯と重なります。二之丸庭園の近くには那古野城跡と刻まれた石碑が建ち、少年期の織田信長が過ごした場所を静かに伝えています。遺構はほとんど残っていませんが、本丸御殿や金シャチ横丁とあわせて歩けば、信長から家康へと移っていく尾張の歴史をひと続きに感じ取れます。
【トリビア】
織田信長は天正10年(1582年)の本能寺の変で世を去りますが、その名は郷土の誇りとして受け継がれました。名古屋まつりの郷土英傑行列では信長役が三英傑の先頭に立ち、騎馬で市街を進みます。役は一般から公募されており、馬に乗れることが信長役の条件とされてきました。行列が出るのは秋ですが、日程は年によって変わります。




