飫肥城

(おびじょう)
📍 九州宮崎県 日南市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

飫肥城は宮崎県日南市にある群郭式の平山城で、南北朝期に土持氏が築いたと伝わります。島津氏と伊東氏が百年近く争った後、1587年からは伊東氏十四代が飫肥藩の藩庁としておよそ280年この城を治めました。石垣の多くは1686年から1693年の大改修によるものです。1978年に飫肥杉で復元された大手門や苔むした石垣、杉木立の旧本丸跡が見どころです。

【歴史】

南北朝期の正平年間(1346〜1370年)に土持氏が築いたと伝わります。その後、日向へ勢力を広げる島津氏と、これを阻もうとする伊東氏が飫肥城をめぐって百年近くも争い、1587年(天正15年)の豊臣秀吉による九州平定を経て、伊東祐兵がようやく旧領を回復しました。以後は飫肥藩五万一千石の藩庁として、伊東氏十四代がおよそ280年にわたり明治維新までこの城を居城としました。

【特徴】

宮崎県日南市にあり、酒谷川が大きく蛇行して天然の堀をなす台地の上に築かれた群郭式の平山城です。水を含むともろくなるシラス台地に立地するため、深い空堀で切り離された曲輪がそれぞれ独立して並ぶ構成をとるのが大きな特徴となっています。現在見られる石垣の多くは1686年から1693年にかけての大改修によるもので、城内には樹齢を重ねた飫肥杉の林が静かな景観をつくっています。

【見どころ】

1978年(昭和53年)に樹齢百年を超える飫肥杉を用いて復元された大手門が城の象徴的な存在で、門をくぐると幅の広い石段と苔むした古い石垣が続いていきます。旧本丸跡に立つ杉木立は「癒しの森」と呼ばれ、木漏れ日の差し込む静かな空間が広がっています。松尾の丸には江戸期の書院造を再現した御殿が建ち、歴史資料館では伊東家に伝わる甲冑や刀剣、古文書を見ることができます。

【トリビア】

日本百名城の第96番に選ばれています。城下町は1977年(昭和52年)に国の重要伝統的建造物群保存地区へ選定され、武家屋敷の門や石垣が連なる町並みは「九州の小京都」と呼ばれてきました。日露戦争後の講和交渉を担った外交官の小村寿太郎はこの城下の生まれで、生家跡の近くには記念館が置かれています。名物の厚焼き玉子や飫肥天を味わう食べ歩きも、町並みを巡る大きな楽しみです。

📅 最終更新: 2026/9/25
飫肥城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です