【概要】
那須疎水は、那珂川から取水し、水不足に悩まされていた那須野ヶ原一帯を潤すために建設されました。1885年にわずか5ヶ月という驚異的な短期間で本幹水路が開通し、日本三大疎水の一つに数えられています。
【歴史】
那須野ヶ原は広大な扇状地でありながら、水が地下に浸透してしまうため不毛の荒野でした。明治政府の殖産興業政策の一環として、矢板武や印南丈作らの奔走により疎水建設が決定されました。内務省の技師・南一郎平の設計により1885年に着工、延べ13万人を動員し、難工事の末に同年に通水しました。この水路により広大な土地が開墾され、現在の酪農王国・那須の風景が作られました。
【特徴】
蛇尾川(さびがわ)の地下をサイフォン式の導水管で横断するなど、当時としては高度な土木技術が駆使されました。取水口周辺は現在「那須疎水公園」として整備されており、当時の取り入れ口跡や水門が現存しています。国の重要文化財に指定されている旧取水施設は、石積みの堅牢な構造で、明治時代の土木技術の粋を感じさせます。現在も地域の農業用水として重要な役割を果たしています。
【見どころ】
那須塩原市西岩崎にある「那須疎水公園」が最大の見どころです。復元された旧取入口や水門を間近に見学でき、清流那珂川の美しい風景と共に歴史探訪が楽しめます。周辺は自然豊かで、新緑や紅葉の季節は特に美しいです。また、那須野が原博物館では、開拓の歴史や疎水建設に使われた道具、当時の生活様式などを詳しく学ぶことができ、より深く理解することができます。
【トリビア】
那須疎水の建設工事が異例のスピードで進んだ背景には、測量の正確さと、地元住民の熱意がありました。しかし、通水後も漏水や土砂崩れなどのトラブルが相次ぎ、維持管理には多大な苦労があったと言われています。また、当初の計画では那珂川だけでなく、さらに遠くの利根川水系からも水を引く壮大な構想があったとも伝えられています。現在は世界灌漑施設遺産にも登録されています。




