【概要】
熊本県水俣市にある水俣市立の資料館で、埋立地につくられたエコパーク水俣に建っています。1993年に開館し、チッソ水俣工場が排出したメチル水銀によって引き起こされた水俣病の経緯と被害を伝えています。患者や家族が自らの体験を語る語り部講話の場でもあり、隣接する国立水俣病情報センター、熊本県環境センターとともに「まなびの丘」の学習拠点を構成しています。
【歴史】
水俣病が公式に確認されたのは1956年5月1日、チッソ水俣工場附属病院長が原因不明の脳症状を示す患者の発生を水俣保健所に報告した日とされています。原因は同工場のアセトアルデヒド製造工程で生じたメチル水銀化合物を含む排水で、国がこれを公式に認めたのは12年後の1968年9月のことでした。水俣市立水俣病資料館は被害の記録が散逸しないよう、1993年1月に開館しました。
【特徴】
汚染された魚介類を食べ続けたことで、住民は手足の感覚障害や運動失調、視野が狭くなるといった症状に長く苦しみました。生まれる前に母親の体内で被害を受けた胎児性水俣病の患者もいます。公害健康被害補償法などに基づく認定患者は熊本・鹿児島両県で二千人を超え、認定を受けられないまま救済を求め続ける人も数多く残されています。
【見どころ】
常設展示室では、水俣病の発生から現在に至る経過を、年表や写真、実物資料でたどることができます。150インチの大型スクリーンを備えたシアタールームや企画展示室のほか語り部講話室が設けられ、患者や家族が自らの体験を語る講話を聞くことができます。講話は事前の予約が必要な場合があるため、来館の前に確認しておきたいところです。
【トリビア】
資料館が建つエコパーク水俣は、水銀を含むヘドロを封じ込めるために水俣湾を埋め立ててつくられた土地です。その一角の「まなびの丘」に、資料館と国立水俣病情報センター、熊本県環境センターの三施設が並んでいます。患者や家族は病そのものだけでなく、いわれのない差別や偏見にも長く苦しめられてきました。その歴史も展示で正面から扱われています。
