日本四大公害病は、高度経済成長期に相次いで確認された水俣病・新潟水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそくの四つを指します。いずれも企業が排出した有害物質が海や川、大気を汚し、住民の健康を奪いました。被害者が起こした裁判はすべて原告勝訴に終わり、1967年の公害対策基本法の制定や1971年の環境庁設置など、国の対策を前に進めました。各地に公立の資料館が設けられ、被害の実態と教訓が伝えられています。
A.水俣病と新潟水俣病はメチル水銀、イタイイタイ病はカドミウム、四日市ぜんそくは主に硫黄酸化物からなる排煙が原因です。水俣病はチッソ水俣工場、新潟水俣病は昭和電工鹿瀬工場の排水、イタイイタイ病は三井金属鉱業神岡鉱業所が流したカドミウム、四日市は石油化学コンビナートの排煙によるものでした。
A.いずれも高度経済成長期に確認されました。水俣病は1956年に熊本県の水俣で、新潟水俣病は1965年に新潟県の阿賀野川流域で公式に確認されています。イタイイタイ病は富山県の神通川流域で発生し、四日市では1960年ごろにコンビナートが本格稼働すると、ぜんそくなどを訴える住民が相次ぎました。
A.被害者が起こした裁判は、すべて原告勝訴に終わりました。四日市では1967年に磯津地区の患者らがコンビナートを構成する六社を提訴し、1972年7月24日に津地方裁判所四日市支部が原告勝訴の判決を言い渡しています。判決が企業に高い注意義務を課した点は、その後の公害裁判に影響を与えました。
A.1967年の公害対策基本法の制定や1971年の環境庁設置など、国の対策が前に進みました。四日市の判決を受けて三重県は硫黄酸化物の総量規制を導入し、国は1973年に汚染者負担を原則とする公害健康被害補償法を制定しています。
A.神通川流域では、カドミウムに汚染された水田の土を入れ替える大規模な復元事業が行われ、三十年以上をかけて完了しました。また被害者団体は1972年に結んだ公害防止協定に基づいて企業への立入調査を続けており、公害の再発を住民自身が監視する仕組みとして知られています。