【概要】
京極氏は、近江の佐々木氏から分かれた宇多源氏の武家で、鎌倉時代に佐々木氏信が京都の京極高辻に屋敷を構えたことから京極を名乗りました。南北朝時代の佐々木道誉が足利尊氏を支えて家を大きくし、明徳の乱で功を立てた京極高詮のころに四職の家格が定まります。戦国時代に力を失いながらも江戸時代には大名として続き、滋賀県米原市にある清滝寺徳源院に歴代の墓所が残ります。
【歴史】
京極氏の祖の佐々木氏信は、近江の守護を務めた佐々木信綱の子で、近江北部の六つの郡を受け継ぎました。南近江の六角氏と並ぶ佐々木氏の二大勢力のひとつで、北近江を本拠としています。南北朝時代の当主の京極高氏、通称の佐々木道誉は、足利尊氏の挙兵を助けて室町幕府の成立に力を尽くしました。1391年の明徳の乱では京極高詮が幕府方として働き、出雲と隠岐の守護に任じられています。
【特徴】
京極氏を象徴する人物の佐々木道誉は、派手な装いと型破りなふるまいを好むばさら大名として知られました。その一方で連歌や立花、茶、香に通じた教養人でもあり、室町文化の担い手の一人に数えられます。京極氏は北近江のほか飛騨や出雲の守護も務めましたが、応仁の乱ののちは家督争いが続き、戦国時代には家臣だった浅井氏に北近江の実権を奪われていきました。
【見どころ】
滋賀県米原市にある清滝寺徳源院は、京極氏信が開いたと伝わる天台宗の寺で、京極家の菩提寺です。本堂の奥の墓所には中世から江戸時代までの歴代当主の宝篋印塔が上下二段に並び、国の史跡に指定されています。池泉回遊式の庭園は滋賀県の名勝で、参道を彩る秋の紅葉も見事です。近くの上平寺には京極氏の館跡や山城の跡が残り、京極氏遺跡として国の史跡になっています。
【トリビア】
戦国時代に勢いを失った京極家を立て直したのは京極高次です。妻の初は浅井三姉妹の一人で、茶々の妹、江の姉にあたります。高次は関ヶ原の戦いの際に大津城に籠もって西軍の大軍を引きつけ、その功で若狭の小浜を与えられました。子孫はのちに讃岐の丸亀藩主となって明治まで続き、徳源院の位牌堂や墓所は丸亀藩二代藩主の京極高豊が整えたものです。境内には道誉が愛したと伝わるしだれ桜もあります。
