【概要】
高知県高知市にある城。1603年(慶長3年)、山内一豊が築城。1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いの功績より土佐一国を与えられた山内一豊は、遠州掛川よりこの地に転入し、この城を築城。以後、明治時代まで土佐藩主山内家16代の居城となる。江戸時代に建造された天守や追手門等が現存している。日本国内に残る木造の12古天守の一つであり、日本100名城(84番)の一つ。この城郭は、日本の歴史において重要な役割を果たしてきました。その堅固な守りと戦略的な立地は、当時の武将たちの知恵と力を今の世に伝えています。訪れる人々は、石垣や堀、復元された建物を通じて、かつての時代の息吹を肌で感じることができるでしょう。
【歴史】
関ヶ原の戦いの功により土佐一国を与えられた山内一豊は、遠州掛川から入国し、1601年(慶長6年)に大高坂山で築城に着手しました。1611年(慶長16年)にはほぼすべての建物が完成し、以後は明治に至るまで土佐藩主山内家16代の居城となりました。1727年(享保12年)の城下の大火で城の大半を焼失しましたが、1749年(寛延2年)に天守が再建され、往時の姿を取り戻しています。
【特徴】
高知県高知市にある高知城は、天守だけでなく本丸を構成する建物群がそろって残る全国でも唯一の城として知られています。天守は望楼型四重六階で、追手門と天守を一枚の写真に収められる構図は城好きに人気があります。天守や追手門、詰門、廊下門など15棟が国の重要文化財に指定されており、江戸時代の城郭の姿を総合的に伝える全国的にも貴重な遺構となっています。
【見どころ】
石垣のあちこちから突き出した石樋は、雨の多い土地ならではの排水の工夫で、高知城を語るうえで欠かせない見どころです。三ノ丸の壮大な高石垣、敵の直進を阻む詰門の食い違い構造、天守最上階の高欄付き廻縁など、実用と格式が同居した造りを間近に確かめられます。城内には山内一豊とその妻千代の像が立ち、夜間には天守が闇に浮かび上がるライトアップも行われ、昼とは異なる表情を見せてくれます。
【トリビア】
高知城は現存十二天守の一つで、日本百名城では第84番に選定されています。天守は再建にあたって創建時の姿を踏襲したと伝わり、望楼型という古い形式を保っている点が大きな特徴です。城の建つ一帯はかつて大高坂山と呼ばれ、たびたび水害に悩まされたことから河中山城と名を変え、次いで高智山城と改められて、やがて現在の高知という地名が生まれたとされています。




