【概要】
北海道紋別市の山深くに存在した、かつて東洋一を誇り「東洋のクロンダイク」とも呼ばれた大金山です。1915年の発見から1973年の閉山までに約73トンの金を産出し、国内では菱刈・佐渡に次ぐ規模とされます。最盛期には人口1万人を超える鉱山都市が栄えました。目印だった高さ45メートルの大煙突は倒壊の危険から2024年に解体され、いまは森に還りつつある遺構が点在しています。
【歴史】
鴻之舞金山は北海道紋別市の山あいにあり、1915年に鉱床が見つかると一攫千金を夢見る人々が押し寄せ、ゴールドラッシュに沸き返りました。1917年には住友が鉱業権を買い取って近代化を推し進めます。最盛期にあたる1942年ごろには人口が1万4000人を超える鉱山都市が深い山中に出現し、学校や病院、映画館までが立ち並ぶほどの繁栄を極めました。
【特徴】
佐渡や土肥が長い年月をかけて歴史を積み重ねたのに対し、鴻之舞は一気に栄え、1973年の閉山とともに急速に自然へ還っていった幻の巨大都市だという点に特徴があります。操業したおよそ56年間で産み出した金は72トンを超え、佐渡や菱刈に次ぐ規模を誇りました。今残るのは朽ちたレンガやコンクリートの残骸ばかりで、雪深い北の自然に飲まれてゆく姿は強い哀愁を帯びています。
【見どころ】
長く目印となってきた高さ45メートルの製錬所の大煙突は、倒壊の危険から2024年に解体され、いまはその姿を見ることができません。それでも発電所跡や学校の擁壁といったコンクリートの遺構が、藪と森のなかに点在しています。道道沿いに建つ上藻別駅逓所は鴻之舞金山資料館として公開され、金鉱石や採掘の道具、住民が使った暮らしの品々が当時の空気を伝えてくれます。
【トリビア】
鴻之舞と紋別の市街地は、1943年から1948年までのあいだ鴻紋軌道という軌道で結ばれ、資材と人を運んでいました。1926年に建てられた上藻別駅逓所は保存活動によって守られ、2005年から資料館として公開されています。鉱山で命を落とした人々を悼む慰霊碑も残されており、繁栄の陰にあった労働の厳しさを今なお静かに語りかけてきます。
