【概要】
北海道紋別市の山深くに存在した、かつて東洋一を誇り「東洋のクロンダイク」とも呼ばれた大金山です。1915年の発見から1973年の閉山までに、佐渡金山に次ぐ日本第3位となる約73トンの金を産出しました。現在は建物は失われ、大自然の中に「大煙突」だけがポツンと立つ、非常にエモく寂寥感漂う産業廃墟となっています。
【歴史】
大正時代初期の1915年に鉱床が発見されると、一攫千金を夢見る人々が大量に押し寄せ、ゴールドラッシュに沸き返りました。その後、住友グループの手に渡り本格的な近代化が推し進められ、最盛期の昭和初期には人口13,000人を超える巨大な鉱山都市がこの深い山奥に出現し、学校や病院、映画館までが立ち並ぶほど繁栄を極めました。
【特徴】
佐渡や土肥が長年にわたる歴史を持つ一方で、鴻之舞金山は急速に発展し、閉山後に急速に自然へと還っていった「幻の巨大都市」という特徴を持っています。現在残っているのは朽ち果てたレンガやコンクリートの残骸のみであり、特に北海道特有の厳しい自然と大雪の環境下で、静かに朽ちていくその姿は強烈な哀愁を帯びています。
【見どころ】
紋別市街から離れた静かな森の中に、突如として天を突くようにそびえ立つ、かつての製錬所の巨大な「大煙突」が最大の見どころであり、唯一の目印です。秋には周囲の木々が鮮やかに紅葉し、真っ白なコンクリート煙突とのコントラストが息を呑むほど美しい、まさに知る人ぞ知るマニアックな産業遺産の絶景スポットとなっています。
【トリビア】
かつてこの地にあった紋別から鴻之舞を結ぶ「鴻紋軌道(こうもんきどう)」というインフラ設備と人々の生活を描いた曲が、有名な中島みゆきさんの「銀の龍の背に乗って」のインスピレーションの源になったという説が一部のファンの間で囁かれています(中島みゆきさんの父親は産婦人科医で、かつてこの地で働いていたという繋がりがあるためです)。




