人吉城

(ひとよしじょう)
📍 九州熊本県 人吉市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

人吉城は熊本県人吉市にある梯郭式の平山城で、球磨川と胸川を天然の堀としています。1205年(元久2年)前後に相良長頼が築いたと伝わり、相良氏が三十五代およそ670年にわたって治め、明治維新まで居城としました。本丸に天守は建てられませんでした。今は1862年の大火の後に築かれた、上端がひさしのように張り出す「武者返し」の石垣が見どころです。

【歴史】

遠江国相良を本貫とする相良長頼が、鎌倉初期に人吉荘の地頭として下向し、1205年(元久2年)前後に人吉城を築いたと伝わります。以後、相良氏は三十五代およそ670年という長きにわたってこの地を治め、戦国期には球磨から八代、葦北にまで勢力を広げる大名へと成長しました。江戸時代は人吉藩の藩庁が置かれ、明治維新まで一貫して相良家の居城であり続けた全国でも珍しい城です。

【特徴】

熊本県人吉市にある梯郭式の平山城で、北と西は球磨川と胸川を天然の堀とし、東と南は山の斜面と切り立った崖をそのまま城壁として用いています。本丸に天守は建てられず、代わりに護摩堂が置かれていたといわれます。築城の際に地中から三日月の文様を持つ石が出たという伝承から、繊月城、三日月城といった別名で呼ばれ、その名は地元で造られる球磨焼酎の銘柄にも受け継がれています。

【見どころ】

最大の見どころは、1862年(文久2年)の大火の後に築かれた「武者返し」の石垣です。石垣の上端をひさしのように前へ張り出させる槹出工法はヨーロッパの築城技術を応用したもので、城では函館の五稜郭と信州の龍岡城にわずかな例があるだけとされ、これほどの規模で残るのはここだけだといいます。球磨川の流れに石垣と石段が映り込む眺めも、この城ならではの風景です。

【トリビア】

日本百名城の第93番で、城跡は国の史跡に指定されています。三の丸の一角では家老屋敷跡から地下室の遺構が見つかっており、石段と石組みの水路を備えた用途不明の空間として長く研究者の注目を集めてきました。城跡の隣には歴史館が置かれ、相良氏七百年の歩みを資料で伝えています。2020年(令和2年)の豪雨では球磨川の氾濫によって石垣や関連施設が被災し、今も復旧の作業が続けられています。

📅 最終更新: 2026/9/25
人吉城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です