日立鉱山

(ひたちこうざん)
📍 関東茨城県 日立市🏯 歴史

#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています

【概要】

茨城県日立市にあった大銅山で、明治時代に久原房之助が赤沢銅山を買収し「日立鉱山」として近代的な開発を行いました。日本を代表するグローバル企業である「日立製作所」や「JX金属」の源流となった場所でもあり、日本の高度経済成長の巨大な原動力となった象徴的な鉱山です。

【歴史】

開山は古く1591年の佐竹氏によるものと伝えられていますが、飛躍を遂げたのは1905年(明治38年)に実業家の久原房之助が経営に乗り出してからです。最新の西洋技術と大型機械を惜しみなく投入することで産出量は激増し、わずか数年で足尾・別子と並ぶ日本三大銅山の一つへと一気に上り詰めました。その後は日本鉱業の中核鉱山として操業を続け、1981年に採掘を終えて閉山しました。

【特徴】

日立鉱山の最大の特徴は、自社での機械修理・製造から端を発し、それが独立して「日立製作所」という世界的メーカーへと発展した点にあります。また、急激な増産に伴う煙害問題に対し、当時としては世界一の高さとなる155.7メートルの「大煙突」を1915年に建設することで解決を図った、大胆でスケールの大きな発想も挙げられます。

【見どころ】

かつての鉱山の跡地には1986年に日鉱記念館が開館し、創業者・久原房之助の資料や世界各地の鉱石標本、削岩機などの鉱山機械、大煙突に関する資料が展示されています。屋外には旧久原本部の建物や、操業当時の竪坑2本も残されています。そして大煙突は1993年に上部が倒れて高さが約3分の1になってしまいましたが、今も日立市のシンボルとして山腹に凛とそびえ立つ姿は必見です。

【トリビア】

煙害を克服するために建てられた「日立の大煙突」ですが、煙を分散させるためだけに作られたわけではありません。周辺住民と企業が対話を重ね、気象観測によるデータ分析と、オオシマザクラなどの煙に強い植物を大量に植林するという、科学的アプローチと自然再生を並行して進めた、世界でも類を見ない画期的な公害対策として知られています。

📅 最終更新: 2026/9/19
日立鉱山
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です