【概要】
長崎県平戸市にあった城。1599年(慶長4年)、松浦鎮信が築城。当初は「日之嶽城」と呼ばれたが、徳川幕府に嫌疑をかけられ14年後に焼却。1704年(元禄17年)に幕府から築城許可が出て、兵学者山鹿素行の縄張により新城を再築し、3年後に完成。日本100名城(90番)の一つ。この城郭は、日本の歴史において重要な役割を果たしてきました。その堅固な守りと戦略的な立地は、当時の武将たちの知恵と力を今の世に伝えています。訪れる人々は、石垣や堀、復元された建物を通じて、かつての時代の息吹を肌で感じることができるでしょう。
【歴史】
長崎県平戸市にある平戸城は、1599年(慶長4年)に松浦鎮信が日之嶽城として築いたのが始まりです。しかし完成間近の1613年、徳川幕府から嫌疑を招くことを恐れた鎮信自らが城に火を放ったと伝わります。その後、1704年(元禄17年)に5代藩主の松浦棟が幕府の許可を得て旧地での再築に着手し、三年後の1707年に新たな城として完成させました。
【特徴】
平戸城は平戸瀬戸に突き出した丘陵に築かれ、三方を海に囲まれた天然の要害です。再築にあたっては兵学者山鹿素行の流れをくむ山鹿流の縄張が採用されており、この流儀で築かれた城は全国でも数えるほどしかありません。石垣を高く積み上げるのではなく、起伏のある地形に沿って曲輪を配し、海と一体になった防御を組み立てている点によく個性が表れています。
【見どころ】
現在の天守は1962年に建てられた三重五階の模擬天守で、最上階からは平戸瀬戸や平戸大橋、遠く九十九島までを望むことができます。江戸時代から残る狸櫓と北虎口門は、廃城の際にも取り壊されずに済んだ貴重な現存遺構で、質素な佇まいながら往時の姿を今に伝えています。城跡は亀岡神社の境内と亀岡公園として整備されており、春は桜、初夏は新緑が城の白い姿を美しく彩ります。
【トリビア】
平戸城は日本百名城の第90番に選定されており、亀岡城という別名でも広く知られています。狸櫓には、床下に棲みついた狸が家臣の夢枕に立ち、このまま住まわせてほしいと願い出たという言い伝えがあり、それが名の由来になったとされます。近年は櫓の一つを改装して一日一組だけが滞在できる宿泊施設が設けられ、城に泊まるという特別な体験が話題を集めています。




