【概要】
萩城は山口県萩市の指月山の麓に本丸を構え、山頂に詰丸を置いた城で、指月城とも呼ばれます。関ヶ原の戦いの後に防長二国へ減封された毛利輝元が1604年(慶長9年)に築き始め、1608年に完成させ、明治維新まで毛利氏の居城でした。五層五階の天守を含む建物は1874年にことごとく解体され、今は指月公園に高石垣の天守台と内堀が残っています。
【歴史】
萩城は、関ヶ原の戦いに敗れて防長二国三十六万石に減封された毛利輝元が、1604年(慶長9年)に築き始め、1608年に完成させた城です。以後、明治維新まで毛利氏代々の居城となりました。幕末の1863年、藩主の毛利敬親は幕府の許可を得ないまま藩庁を内陸の山口へ移し、萩城は政庁としての役目を終えます。城の建物は1874年(明治7年)に天守以下ことごとく解体されました。
【特徴】
萩城は日本海に突き出た標高143メートルの指月山を背負い、その山麓に本丸を構えたことから指月城とも呼ばれます。山頂には詰丸と呼ばれる要害が置かれ、平時の居館と非常時の山城を兼ね備えた構えは、江戸時代に築かれた城としては珍しいものでした。天守は五層五階の望楼型でしたが解体され、現在は高石垣の天守台と、水を静かにたたえた内堀が、往時の構えを今に伝えています。
【見どころ】
山口県萩市にある城跡は指月公園として整備され、天守台の石垣に登って内堀越しの眺めを楽しむことができます。園内には毛利氏歴代を祀る志都岐山神社や、十三代藩主の別邸から移された茶室の花江茶亭が建ち、重臣の暮らしを伝える旧厚狭毛利家萩屋敷長屋も残ります。指月山の詰丸跡へは山道を二十分から三十分ほど登れば到達でき、石垣や飲用と防火のための貯水施設の跡が確認できます。
【トリビア】
志都岐山神社の境内には、ミドリヨシノと呼ばれる珍しい桜があります。がくが緑色を帯び、花は一重の純白に咲くもので、国内では萩の市街に数本しか確認されておらず、山口県の天然記念物に指定されています。また萩城跡は、周囲の城下町とともに2015年、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の一つとして登録され、国内外から多くの人が訪れる場所になっています。
