福山城

(ふくやまじょう)
📍 中国広島県 福山市🏯 歴史⛰️ 名所

【概要】

福山城は広島県福山市にある城で、1619年(元和5年)に水野勝成が築き始め、1622年に完成しました。天守の北側の壁面を鉄板で覆った、全国でも他に例の知られない城です。天守は1945年の福山空襲で焼失して1966年に鉄筋コンクリートで再建され、2022年の大改修で鉄板張りの姿がよみがえりました。空襲を免れた伏見櫓と筋鉄御門は現存し、国の重要文化財です。

【歴史】

福山城は、1619年(元和5年)に備後10万石を与えられた水野勝成が、常興寺山を切り開いて築いた城です。1622年(元和8年)に完成し、幕府が西国大名を抑える要として、譜代大名にふさわしい壮大な構えを備えました。以後、水野氏5代、松平氏1代、阿部氏10代が城主を務め、幕末に老中首座として日米和親条約を結んだ阿部正弘は、7代目の福山藩主にあたります。

【特徴】

福山城の最も際立った特徴は、天守の北側の壁面が一面の鉄板で覆われていたことです。城の北側は台地が迫って守りが弱く、鉄砲や大砲への備えとして幅十センチほどの鉄板を打ちつけたと考えられ、こうした例は全国でも他に知られていません。天守は1945年の福山空襲で焼失し、1966年に鉄筋コンクリートで再建されましたが、2022年の大改修で鉄板張りの姿がよみがえりました。

【見どころ】

見学の中心は、博物館として公開されている五重六階の天守で、最上階からは城下と福山の街並みを見渡せます。あわせて見逃せないのが、京都の伏見城から移されたと伝わる伏見櫓と、本丸の正面を固めた筋鉄御門で、いずれも空襲を免れて現存し、国の重要文化財に指定されています。鐘櫓や湯殿、月見櫓なども復元されており、石垣と櫓の連なりを歩きながら往時の縄張りをたどることができます。

【トリビア】

伏見櫓が伏見城から移築されたという話は、長らく言い伝えにすぎませんでした。ところが昭和20年代の解体修理の際、梁から「松ノ丸ノ東やくら」と読める墨書が見つかり、伏見城の松の丸にあった櫓だと裏づけられたのです。現在は伏見櫓の国宝への格上げを目指す調査も進められています。なお福山城は、新幹線のホームから石垣が間近に見えるほど駅に近い城としても知られています。

📅 最終更新: 2026/9/25
福山城
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です