別子銅山

(べっしどうざん)
📍 愛媛県 新居浜市🏯 歴史⛰️ 名所🏮 その他

【概要】

愛媛県新居浜市の山深くに存在する、住友家が約280年にわたり一貫して経営した大銅山です。特に標高750メートルに位置する「東平(とうなる)」地区は、深い山の緑の中に突如として巨大な石積みの遺構が現れるその神秘的な姿から、「東洋のマチュピチュ」と称され絶景スポットとして人気を集めています。

【歴史】

1690年(元禄3年)に発見され、翌年から住友家による開坑が始まりました。以来、1973年(昭和48年)に閉山するまでの282年間という途方もない長期にわたって、一度も他者の手に渡ることなく住友家の手で掘り続けられました。この別子銅山から生み出された莫大な富が、現在の巨大な住友グループの礎を築いたのです。

【特徴】

時代とともに採掘の中心地が標高1,000メートル以上の山頂付近から徐々に山体深部へと下りていった珍しい特徴があります。鉱山でありながら、最盛期には山中に小学校や病院、劇場まで備えたひとつの巨大な「山岳都市」が築かれ、3,000人もの人々が雲海を見下ろす標高で生活を営んでいました。

【見どころ】

最大の見どころは「東洋のマチュピチュ」と呼ばれる東平(とうなる)地区の産業遺跡群です。重厚な花崗岩で作られた貯鉱庫跡や、索道(ロープウェイ)の基地跡などの巨大なインフラ設備が、長い年月を経て苔生し、周囲の豊かな自然と一体化しつつある景観は、思わず息を呑むほどの神々しささえ感じさせます。

【トリビア】

別子銅山でも足尾銅山と同様に精錬所からの「煙害」が発生し、農作物に甚大な被害が出ました。そこで住友の二代目総理事・伊庭貞剛は、「自然から得た利益を自然に還す」という信念のもと、煙害の原因となる精錬所を四阪島(無人島)へ移転させ、はげ山となった別子の山々に毎年100万本以上の植林を行い、見事に緑を復活させました。

別子銅山
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です