【概要】
安積疎水は、猪苗代湖から水を引いて郡山盆地の原野を開拓するために建設された用水路です。明治政府による初の国営農業水利事業として1882年に完成し、「一本の水路」と呼ばれるほど真っ直ぐに引かれた水路が特徴です。
【歴史】
明治初期、士族授産と食糧増産を目指して計画された「安積開拓」の中核事業です。オランダ人技師ファン・ドールンの設計指導のもと、延べ85万人の人員を動員してわずか3年で完成しました。この疎水のおかげで不毛の地だった安積原野は肥沃な農地に生まれ変わり、郡山市が「東北のシカゴ」と呼ばれるほどの商工業都市へ発展する礎となりました。ドールンの功績を称え、十六橋水門近くには銅像が建てられています。
【特徴】
最大の特徴は、猪苗代湖の水を自然流下ではなく、山をくり抜いたトンネルを通して分水嶺を越えさせた技術力にあります。取水口にある「十六橋水門」は、日本最古級の石造アーチ橋である十六橋と一体となった歴史的建造物です。また、郡山市内には疎水の水を利用した「麓山(はやま)の滝」があり、日本最古の人工瀑布として国の登録有形文化財になっています。
【見どころ】
猪苗代湖畔にある十六橋水門周辺は、桜や紅葉の名所として知られています。ファン・ドールンの銅像とともに、歴史の重みを感じさせる石造りの水門を見学できます。また、郡山市内を流れる疎水沿いには遊歩道が整備されており、春には桜並木が続く「五百淵公園」など、市民の憩いの場となっています。開拓者の魂を受け継ぐ水路として、日本遺産「未来を拓いた『一本の水路』」にも認定されています。
【トリビア】
ファン・ドールンは当初、猪苗代湖の水位を下げて干拓する計画を提示されましたが、「湖の美観と下流の水利を守るべきだ」として反対し、逆に水位を保ったまま利用する疎水計画を推進しました。彼の銅像は戦時中の金属供出の危機に瀕しましたが、地元住民が山中に隠して守り抜いたという逸話が残っています。現在でも命日には墓前祭が行われています。




