「漆器」は、日本が世界に誇る伝統工芸です。その中でも特に歴史が深く、高度な技術と独自の美意識を育んできた日本三大漆器として、福島県の「会津塗」、石川県の「山中漆器」、そして和歌山県の「紀州漆器(黒江塗)」が広く知られています。それぞれの風土に根ざし、実用性と芸術性を高度に融合させたこれらの漆器は、現代のライフスタイルにも彩りを添えています。
A.紀州漆器は室町時代に根来寺の僧侶たちが日用の器を作ったのがルーツとされます。山中漆器は天正年間に木地師の集団が山中温泉の山間部に移り住んだのが発祥とされ、会津塗は天正18年(1590年)に蒲生氏郷が木地師や塗師を招いたのが本格的な始まりです。
A.会津塗は朱や黒の地に金などで文様を描く「蒔絵」の美しさが特徴です。山中漆器は薄挽きや千筋などのろくろ挽きの木地に、木目を透かす「拭き漆」を多く用います。紀州漆器を代表する「根来塗」は、使い込むと朱漆が擦り減って下地の黒漆が浮かび上がります。
A.昭和30年代から、プラスチック(合成樹脂)を素地とした近代漆器の生産にいち早く取り組んだためです。お手入れが簡単で安価な漆器の大量生産に成功し、現在では生産額のうち約8割を近代漆器が占め、業務用や贈答用の器として全国に流通しています。
A.天正13年(1585年)の豊臣秀吉による紀州征伐で根来寺が焼き払われた後、逃れた職人たちが黒江地区に定住したためです。江戸時代には紀州藩が椀の製造地を黒江に限定して保護し、分業制による大量生産の体制が築かれました。
A.福島県、石川県、和歌山県の3県に分かれているため、一度に巡るのは大がかりな旅になります。直線距離で山中漆器と紀州漆器の産地は約260km、会津塗と山中漆器は約350km、会津塗と紀州漆器は約570km離れています。