日本四大財閥とは、戦前の日本経済を動かした三井・三菱・住友・安田の四つの企業集団を指します。三井は江戸の呉服店と両替商、三菱は土佐の海運、住友は銅の精錬と鉱山、安田は両替商から興した銀行と、出発点はそれぞれ違いました。この四つに鮎川や浅野、古河などを加えて十五大財閥と整理することもあります。四財閥はいずれも一九四五年から始まる財閥解体で本社を解散させられ、現在の企業グループは戦後に結び直されたものです。
A.出発点は四つとも異なります。三井は江戸の呉服店と両替商、三菱は土佐の海運、住友は銅の精錬と鉱山、安田は両替商から興した銀行が始まりです。三井は呉服店「越後屋」、三菱は岩崎弥太郎が率いた九十九商会、安田は安田善次郎が日本橋で開いた安田屋をそれぞれ起点としています。
A.事業のほとんどを金融で固め、鉱山や重工業をほとんど持たなかった点が異なります。安田は銀行を核に、生命保険や火災保険、信託を系列へ収め、各地の中小の銀行を合併して全国に網を広げました。持株会社の安田保善社が同族の資産を管理し、鉱工業を抱えない身軽な構成を保ちました。
A.四財閥はいずれも一九四五年から始まる財閥解体で本社を解散させられました。三井本社、三菱本社、住友本社、安田保善社はどれも一九四六年に解散しています。現在の三井グループや三菱グループは、戦後に結び直されたゆるやかな集まりで、戦前の財閥がそのまま続いているわけではありません。
A.東京都中央区の日本橋室町には三井本館、千代田区の丸の内には三菱が最初に建てた洋風事務所建築を復元した三菱一号館があります。大阪市中央区の北浜には住友本社が入っていた住友ビルディングが残り、東京都墨田区の旧安田庭園は安田善次郎の邸宅に付属した庭です。