旧制ナンバースクールは、明治から昭和にかけて置かれた官立の旧制高等学校のうち、校名に第一から第八までの数字を冠した八校を指す呼び名です。一高(東京)、二高(仙台)、三高(京都)、四高(金沢)、五高(熊本)、六高(岡山)、七高造士館(鹿児島)、八高(名古屋)が並び、帝国大学の予科として各地から秀才を集めました。寮歌と自治の気風を残し、戦後の学制改革ではそれぞれ新制大学の母体となっています。
A.第一高等学校は東京大学教養学部、第二高等学校は東北大学、第三高等学校は京都大学、第四高等学校は金沢大学、第五高等学校は熊本大学、第六高等学校は岡山大学、第七高等学校造士館は鹿児島大学、第八高等学校は名古屋大学に受け継がれました。
A.第八高等学校です。明治41年(1908年)に名古屋へ置かれ、ナンバースクールの最後に生まれた一校となりました。それ以前には第六高等学校が明治33年(1900年)、第七高等学校造士館が明治34年(1901年)に創立されています。
A.第一高等学校が「自治」を旗印にしたのに対し、第三高等学校は「自由」を掲げました。一高は自治寮と俗世間から距離を置く「籠城主義」の気風で知られ、三高の自由の気風は後身の京都大学へそのまま流れ込んでいます。
A.あります。第四高等学校の旧本館は石川四高記念文化交流館、第五高等学校の旧本館は熊本大学五高記念館として公開され、どちらも国の重要文化財です。第一高等学校の旧本館にあたる一号館も、東京大学の駒場Iキャンパスでいまも使われています。
A.第一高等学校の「嗚呼玉杯に花うけて」、第三高等学校の「逍遥の歌」、第四高等学校の「北の都」、第五高等学校の「武夫原頭に立ちて」、第七高等学校造士館の「北辰斜にさすところ」、第八高等学校の「伊吹おろし」などが知られています。