甲府五山は、臨済宗に深く帰依した武田信玄が、京都や鎌倉の五山にならって甲斐の古刹を府中の城下に集め、定めたとされる五つの禅寺です。母・大井夫人の菩提寺である長禅寺を筆頭に、東光寺・能成寺・円光院・法泉寺が並びますが、順位や格付けを示す確かな史料は残っていません。武田氏の滅亡や戦災で多くの堂宇を失いながら、いずれも甲府市内に伽藍を構え、武田家の人々の墓所を守り続けています。
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A.臨済宗に深く帰依した武田信玄が、京都や鎌倉の五山にならって甲斐の古刹を府中の城下に集め、定めたとされます。長禅寺を筆頭に東光寺・能成寺・円光院・法泉寺が並びますが、順位や格付けを示す確かな史料は残っておらず、序列は分かっていません。
A.長禅寺は信玄の母・大井夫人の菩提寺で、夫人をしのぶ墓があります。東光寺の裏山には武田義信と諏訪頼重の墓が伝わり、円光院の境内の西には信玄の正室・三条夫人の墓所があります。法泉寺には武田勝頼の墓と伝わる歯髪塚と、開基の武田信武の墓があります。
A.東光寺の仏殿は室町時代後期の禅宗様建築で、天正の焼き討ちを免れたと考えられ、国の重要文化財です。法泉寺には寛永13年(1636年)の建立と伝わる山門が残ります。長禅寺や能成寺は昭和20年(1945年)の甲府空襲で堂宇を失い、今の建物は戦後や近代以降のものが中心です。
A.長禅寺は信玄の母・大井夫人の菩提寺で、信玄が城下に手厚く迎えたとされるためです。住職の岐秀元伯は信玄に学問と禅を授けた師と伝えられ、寺は武田家の精神的な拠り所となりました。寺に伝わる武田信虎夫人像も、この寺が筆頭に据えられた理由をうかがわせます。
A.五つの寺はすべて山梨県甲府市にあります。直線距離では長禅寺・東光寺・能成寺の三寺が互いに約1km、この三寺から円光院までが約2kmです。法泉寺は市街の中心から最も離れた位置にあり、ほかの四寺からそれぞれ約3km離れています。