加賀温泉郷

加賀温泉郷

加賀温泉郷は、石川県の加賀市と小松市に広がる山代温泉・山中温泉・片山津温泉・粟津温泉の四つをまとめた呼び名で、加賀四湯とも呼ばれます。山代・山中・粟津は行基や泰澄による開湯伝承とともに千三百年前後の歴史を伝え、片山津は江戸時代の承応2年(1653年)に湖底の湯が見つかった比較的新しい温泉です。松尾芭蕉や北大路魯山人が足を止めた逸話も残ります。四湯はそれぞれ共同浴場「総湯」を街の中心に据えており、歩いて湯めぐりを楽しめる温泉地として親しまれています。

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山代温泉
♨️ 温泉
📍 石川県 加賀市

山代温泉

(やましろおんせん)

山代温泉は、加賀温泉郷のなかで最も大きな温泉街で、神亀2年(725年)に行基が烏に導かれて湧き湯を見つけたと伝わります。共同浴場を旅館が取り囲む「湯の曲輪」の形を今も残し、その中心には明治の湯屋を復元した古総湯と現代の総湯が並び立ちます。九谷焼の窯が育った土地でもあり、北大路魯山人が半年を過ごした寓居跡も残ります。

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山中温泉
♨️ 温泉
📍 石川県 加賀市

山中温泉

(やまなかおんせん)

山中温泉は、大聖寺川の峡谷である鶴仙渓に沿って宿が並ぶ温泉地で、奈良時代にさかのぼる開湯伝承を持ちます。元禄2年に松尾芭蕉が八泊し、有馬や草津と並ぶ名湯と讃えた湯として知られ、同行していた曽良と別れた地でもあります。あやとりはしやこおろぎ橋が架かる渓谷の遊歩道と、山中漆器の工芸が街の大きな見どころになっています。

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片山津温泉
♨️ 温泉
📍 石川県 加賀市

片山津温泉

(かたやまづおんせん)

片山津温泉は、柴山潟の岸辺に宿が連なる温泉地で、承応2年に大聖寺藩の藩主が湖底の湧き湯に気づいたと伝わります。湖の水面は光や天気によって表情を変え、一日に七度色を変えるとも言われてきました。湖畔には建築家の谷口吉生が設計した総湯が建ち、ガラス越しに柴山潟と霊峰白山を眺めながら湯に入ることができます。

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粟津温泉
♨️ 温泉
📍 石川県 小松市

粟津温泉

(あわづおんせん)

粟津温泉は、加賀温泉郷の四湯でただ一つ小松市側にある温泉地で、養老2年(718年)に泰澄が開いたと伝わります。湯守を任された家が旅館「法師」として続き、世界で最も古い宿として記録に挙げられた時期もありました。湯女の恋を語るおっしょべの伝説と、それにちなんだ民謡や夏祭りが受け継がれてきた静かな温泉街です。

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❓ 加賀温泉郷のよくある質問

Q.加賀温泉郷の四つの温泉はどこにあり、どれくらい離れていますか?

A.山代温泉・山中温泉・片山津温泉は石川県加賀市、粟津温泉はただ一つ小松市側にあります。直線距離では山代温泉と山中温泉が約5kmと最も近く、山中温泉と片山津温泉、山中温泉と粟津温泉がそれぞれ約11kmで最も離れています。

Q.加賀温泉郷で最も古い開湯伝承を持つ温泉はどこですか?

A.粟津温泉です。養老2年(718年)に白山を開いた泰澄が湧き湯を見つけたと伝わり、湯守を任された家が旅館「法師」として続いてきました。反対に四つの湯のなかで最も新しいのは片山津温泉で、承応2年(1653年)に湖底の湧き湯に気づいたと伝わり、明治以降に育った温泉街です。

Q.加賀温泉郷の総湯とは何ですか?

A.街の中心に据えられた共同浴場のことで、四湯はそれぞれ総湯を持っています。山代温泉には総湯と明治の湯屋を復元した古総湯が並び、山中温泉の共同浴場は菊の湯と呼ばれます。片山津温泉の総湯は谷口吉生の設計で2012年に完成し、粟津温泉では2008年に総湯が設けられました。

Q.加賀温泉郷にゆかりのある文化人には誰がいますか?

A.山中温泉には元禄2年(1689年)に松尾芭蕉が立ち寄り、泉屋に八泊して有馬や草津と並ぶ「扶桑の三名湯」と讃えました。山代温泉には大正4年の秋から翌年の春にかけて北大路魯山人が半年ほど滞在し、寓居跡いろは草庵が残っています。

📍 所在地マップ

岐阜県京都府長野県富山県福井県3412山代温泉山中温泉片山津温泉粟津温泉50 km地図データ: Natural Earth
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