白黒テレビ

(しろくろてれび)
📍 関東東京都 港区🎭 文化🏯 歴史

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【概要】

白黒テレビは、昭和の三種の神器のなかでも人々のあこがれを最も強く集めた家電です。1953年にNHKがテレビの本放送を始めましたが、受像機は勤め人の月給の何倍もする高価な品で、はじめは街頭テレビに人だかりができました。1959年の皇太子ご成婚パレードの中継を機に家庭へ一気に広まり、東京都港区にあるNHK放送博物館では、受信機や放送機材を通してテレビの歩みをたどれます。

【歴史】

日本のテレビ研究は、1926年に高柳健次郎が静岡県の浜松でブラウン管にイの字を映し出したことに始まるとされます。戦争による中断を経て、1953年2月にNHKが東京でテレビの本放送を始め、同じ年の8月には民間放送の日本テレビも開局しました。当初は受像機が高価で家庭には届かず、駅前や盛り場に置かれた街頭テレビの前に大勢の人が集まって画面を見上げました。

【特徴】

昭和30年代の白黒テレビは、ブラウン管を木目調のキャビネットに収め、細い脚を付けて家具のように茶の間に据える形が多く見られました。画面の前に観音開きの扉や布のカバーを備えた機種もあり、見ないときは大切に覆っておく家庭もありました。チャンネルは回転式のつまみで切り替え、電源を入れてから真空管が温まり画面が映るまで、少し待つ必要がありました。

【見どころ】

東京都港区にあるNHK放送博物館は、1956年に放送を専門に扱う博物館として開館した施設で、放送のふるさととも呼ばれる愛宕山の上に建っています。大正時代の終わりにラジオの放送局が置かれた場所で、館内では受信機や放送機材、番組の資料を通して、ラジオからテレビへと移り変わった放送の歴史をたどれます。展示は入れ替わることがあるため、出かける前に案内を確かめると安心です。

【トリビア】

郵政省の通信白書によると、消費動向調査でみた白黒テレビの普及率は1962年に80%を超えていました。わずか数年で暮らしの中心に入ったテレビは、家族が茶の間に集まって同じ番組を見る習慣を生み、プロレスや野球の中継は大人から子どもまでを夢中にさせました。評論家の大宅壮一がテレビの影響を一億総白痴化という言葉で評したことも、その存在感の大きさを物語っています。

📅 最終更新: 2026/11/3
白黒テレビ
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です