西郷隆盛

(さいごうたかもり)
📍 九州鹿児島県 鹿児島市🏯 歴史

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【概要】

西郷隆盛は、文政10年(1828年)に鹿児島県鹿児島市にある加治屋町で生まれた薩摩藩士です。藩主島津斉彬に見いだされて国事に奔走し、薩長同盟や江戸城の無血開城に大きな役割を果たしました。明治政府では参議として廃藩置県を支えましたが、明治6年(1873年)の政変で職を辞して帰郷し、明治10年(1877年)の西南戦争で生涯を閉じました。

【歴史】

西郷隆盛は下級藩士の家の長男として生まれ、郷中教育のなかで育ちました。藩主島津斉彬に庭方役として抜擢され、江戸や京都で諸藩の志士と交わります。斉彬の急死後は奄美大島での潜居や沖永良部島への遠島など、長く島での暮らしを送りましたが、許されて戻ると藩の軍事と外交を担いました。慶応2年(1866年)の薩長同盟や、勝海舟との会談による江戸城の無血開城は、とくによく知られています。

【特徴】

西郷隆盛は、私心のなさと大きな度量で人を引き付けた人物として語られ、「敬天愛人」の言葉を好みました。明治政府では参議となって廃藩置県の断行を支え、岩倉使節団が欧米を回る間は留守政府を預かります。しかし朝鮮への使節派遣をめぐって大久保利通らと対立し、明治6年(1873年)に下野しました。帰郷後に開いた私学校の生徒らに推され、明治10年(1877年)の西南戦争で政府軍と戦いました。

【見どころ】

鹿児島県鹿児島市にある西郷隆盛誕生地は、甲突川の左岸、加治屋町の一角に設けられた小さな公園です。明治22年(1889年)に誕生地の碑が建てられ、のちに市が敷地を買い取って公園になりました。すぐ近くには大久保利通生い立ちの地や鹿児島市維新ふるさと館があり、川沿いの歴史ロード「維新ふるさとの道」を歩けば、幕末の城下の面影をたどれます。JR鹿児島中央駅から歩いて行ける距離です。

【トリビア】

西郷隆盛の本来の名は隆永でした。明治の初めに位階を受ける際、友人が届け出た名が父の名の隆盛だったため、そのまま隆盛を名乗るようになったと伝わります。また本人の写真は一枚も確かめられておらず、よく知られる肖像は、イタリア人の版画家キヨッソーネが親族の顔立ちを参考に描いたものです。生まれ育った加治屋町からは、大山巌や東郷平八郎など多くの人材が出ています。

📅 最終更新: 2026/10/25
西郷隆盛
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です