【概要】
練兵館は、神道無念流の斎藤弥九郎が九段に開いた剣術道場で、江戸三大道場のひとつに数えられます。気迫のこもった打ち込みを重んじる剣風から、後世には「力は斎藤」と評されました。長州藩の若者が多く学んだことでも知られ、桂小五郎や高杉晋作が門をたたいています。跡地は東京都千代田区にある靖国神社の境内にあたり、南門を入ってすぐのところに石碑と案内板が立っています。
【歴史】
斎藤弥九郎は越中国の農家に生まれ、江戸に出て岡田十松の撃剣館で神道無念流を修めました。1826年に九段坂下の俎橋付近で練兵館を開き、1838年の火事で類焼したのちは九段坂上へ移って再建しています。この移転先は、1869年に東京招魂社、のちの靖国神社が創建されるより前から道場が構えられていた土地でした。弥九郎の跡は子の新太郎が継ぎ、その弟の歓之助も剣の腕で名を知られました。
【特徴】
練兵館の剣は、力強い打ち込みを持ち味とし、技とともに心身の鍛錬を重んじたと伝えられます。弥九郎は撃剣館で同門だった江川太郎左衛門と親しく、その支えを受けて道場を営むかたわら、江川のもとで海防にもかかわったとされます。こうした縁から実学に関心をもつ藩士が集まり、とりわけ長州藩とのつながりが深く、桂小五郎は塾頭を務めたとされます。高杉晋作や品川弥二郎も門人に数えられています。
【見どころ】
靖国神社の南門から境内に入ると、すぐ脇に神道無念流練兵館跡と刻まれた石碑と案内板が立っています。案内板は、道場が神社の創建より前からこの台地にあったことを伝えています。碑のある台地から靖国通りの九段坂を下ると、坂下の日本橋川には練兵館が最初に開かれた俎橋が架かっています。坂の上と下を歩いてみると、道場の二つの時代をたどる小さな散策になります。
【トリビア】
練兵館の塾頭には、桂小五郎のほか肥前大村藩の渡辺昇の名も挙がり、藩の違う若者が肩を並べて稽古した様子がうかがえます。伊藤博文や井上馨を門人に数える紹介もあります。後世の「位は桃井、技は千葉、力は斎藤」という言い回しでは、斎藤の力が練兵館の剛直な剣風を指すとされ、豪快な打ち込みがこの道場の代名詞になりました。
