貫名菘翁

(ぬきなすうおう)
📍 近畿京都府 京都市東山区🎭 文化🏯 歴史

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【概要】

貫名菘翁は、安永7年(1778年)に阿波徳島藩士の吉井家の次男として生まれた書家・儒学者で、はじめは海屋と号しました。のちに本姓の貫名に改め、文化8年(1811年)ごろに京都へ移って私塾の須静堂を開いています。古典を深く学んだ気品ある書で知られ、南画にもすぐれました。文久3年(1863年)に86歳で亡くなり、京都府京都市東山区にある高台寺に葬られました。

【歴史】

貫名菘翁は、徳島藩の家老稲田家の弓術指南を務めた吉井家に生まれ、27歳のときに本姓の貫名を名乗りました。大坂の懐徳堂で儒学を学んだのち京都に移り、文化8年(1811年)ごろから須静堂で朱子学を中心に教えています。晩年は下鴨に住んで賀茂御祖神社に奉仕し、文久3年(1863年)に86歳で生涯を閉じました。幕末の三筆のなかでは最も長生きした人物です。

【特徴】

菘翁の書は、王羲之をはじめとする晋の書や唐の楷書など、古典を徹底して学んだうえに成り立っています。飾り気を抑えた端正で格調の高い書風は、江戸で大勢の門人を抱えた米庵や菱湖とは趣が異なり、京都の文人らしい落ち着きをたたえていると評されます。還暦近くには長崎で鉄翁祖門に南画を学び、柔らかな筆づかいの山水画も多く残しました。

【見どころ】

京都府京都市東山区にある高台寺は、豊臣秀吉の妻の北政所ねねが秀吉の菩提を弔うために開いた臨済宗建仁寺派の寺院です。東山の斜面に開山堂や霊屋が並び、伏見城から移したと伝わる茶室の傘亭と時雨亭、小堀遠州の作と伝わる池泉回遊式の庭園が見どころです。春や秋には夜の特別拝観が行われることもあり、門前のねねの道や二年坂とあわせて歩くのが楽しみです。

【トリビア】

菘翁は数多くの号を使い分け、晩年の下鴨での暮らしにちなむ鴨干漁夫という号も伝わります。菘翁は年を重ねてから用いた号で、若いころの海屋の名で呼ばれることも多く、本によっては幕末の三筆を市河米庵・巻菱湖・貫名海屋と書いています。生まれ故郷の徳島市には、作品を紹介する個人の菘翁美術館も開かれていますが、公開の状況は事前に確かめると安心です。

📅 最終更新: 2026/11/6
貫名菘翁
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です