【概要】
日光二荒山神社は、日光の山々そのものを神と仰ぐ山岳信仰から生まれた古社で、二荒山大神として大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命の親子三神を祀ります。本社は日光山内の東照宮の西に鎮まり、中禅寺湖畔の中宮祠、男体山の頂の奥宮とあわせた三つの社で神域を守っています。境内は日光連山を含む約3400ヘクタールに及び、華厳の滝やいろは坂もその内にあります。
【歴史】
日光二荒山神社の起こりは、奈良時代の終わりに日光山を開いた勝道上人が、782年に男体山の頂を極めて山の神を祀ったことにさかのぼると伝えられます。その後は山の神と仏を一体として拝む神仏習合の霊場として栄え、源頼朝をはじめとする鎌倉幕府や徳川将軍家の厚い崇敬を受けました。明治の神仏分離で輪王寺と分かれ、神社として独立して今日に至ります。
【特徴】
本社の本殿は1619年に二代将軍徳川秀忠が寄進したもので、日光山内に残る建物のなかで最も古いものといわれます。屋根が幾重にも入り組んだ八棟造で、朱塗りの柱と軒下の彩色が、東照宮の絢爛さとは違う落ち着いた華やかさを見せます。拝殿や唐門などとともに国の重要文化財に指定され、世界遺産日光の社寺を構成する建物になっています。
【見どころ】
境内の神苑には、根元がひとつにつながった夫婦杉や、親子が寄り添うように並ぶ親子杉が立ち、縁結びを願う参拝者が多く訪れます。奥には目の病に効くと伝わる二荒霊泉が湧き、古くから霊水として大切にされてきました。大谷川に架かる朱塗りの神橋も二荒山神社に属する建物で、日光の玄関口を彩る名所として写真に収める人が絶えません。
【トリビア】
日光という地名は、二荒の字を音読みしたにこうに、縁起のよい日光の字を当てたことから生まれたという説が広く知られています。境内に立つ銅製の化灯籠は鎌倉時代の寄進と伝えられ、夜に灯をともすと怪しい姿に化けたため警護の武士に斬りつけられたという言い伝えが残り、灯籠の笠には今も刀傷とされる跡が数多く見られます。
