日光二社一寺

日光二社一寺

日光二社一寺は、栃木県日光市の日光山内に並ぶ日光東照宮・日光二荒山神社・日光山輪王寺の二つの神社と一つの寺をまとめた呼び名です。奈良時代に勝道上人が開いた日光山は、長く神と仏を一体として拝む霊場として栄えましたが、明治の神仏分離によって二社一寺に分かれました。国宝9棟と重要文化財94棟を合わせた103棟の建造物と、それを包む自然の景観が、1999年に世界遺産日光の社寺として登録されています。

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日光東照宮
⛩️ 寺社🏯 歴史
📍 栃木県 日光市

日光東照宮

(にっこうとうしょうぐう)

日光東照宮は、栃木県日光市にある徳川家康を祀る神社です。元和2年(1616年)に亡くなった家康の遺言に従い、翌元和3年(1617年)に久能山から日光へ遷されて創建されました。現在の豪華な社殿の多くは、3代将軍家光による寛永の大造替で整えられたものです。陽明門や眠り猫、三猿など名高い彫刻を数多く伝え、1999年に「日光の社寺」の一つとして世界遺産に登録されました。

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日光二荒山神社
⛩️ 寺社🏯 歴史
📍 栃木県 日光市

日光二荒山神社

(にっこうふたらさんじんじゃ)

日光二荒山神社は、日光の山々そのものを神と仰ぐ山岳信仰から生まれた古社で、二荒山大神として大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命の親子三神を祀ります。本社は日光山内の東照宮の西に鎮まり、中禅寺湖畔の中宮祠、男体山の頂の奥宮とあわせた三つの社で神域を守っています。境内は日光連山を含む約3400ヘクタールに及び、華厳の滝やいろは坂もその内にあります。

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日光山輪王寺
⛩️ 寺社🏯 歴史
📍 栃木県 日光市

日光山輪王寺

(にっこうさんりんのうじ)

日光山輪王寺は、日光山内に点在する本堂や堂塔、支院を総称する天台宗の寺院で、その中心が本堂の三仏堂です。奈良時代に勝道上人が開いた四本龍寺を起源とし、江戸時代には皇族が住職を務める格式の高い門跡寺院として重んじられました。三代将軍徳川家光の廟所である大猷院も輪王寺に属し、国宝や重要文化財に指定された建物を数多く抱えています。

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❓ 日光二社一寺のよくある質問

Q.日光二社一寺はなぜ二つの神社と一つの寺に分かれているのですか?

A.明治の神仏分離によって分かれたためです。奈良時代に勝道上人が開いた日光山は、長く神と仏を一体として拝む霊場として栄えました。明治の神仏分離で日光二荒山神社は輪王寺と分かれて神社として独立し、日光山輪王寺の本堂である三仏堂も、二荒山神社のそばから現在の場所へ移されました。

Q.日光二社一寺のうち、起こりが最も古いのはどれですか?

A.日光山輪王寺の起こりが最も古いとされます。輪王寺は766年に勝道上人が大谷川のほとりに建てた四本龍寺に始まるとされ、日光二荒山神社は782年に勝道上人が男体山の頂で山の神を祀ったことにさかのぼると伝えられます。日光東照宮は、元和3年(1617年)に徳川家康が久能山から日光へ遷されて創建されました。

Q.日光東照宮と日光山輪王寺の大猷院は、装飾がどう違いますか?

A.大猷院は日光東照宮より落ち着いた装いにまとめられています。日光東照宮の社殿は、漆と極彩色、金具で飾り立てた権現造の建築群です。一方、三代将軍徳川家光の廟所である大猷院は、祖父家康を祀る東照宮をしのがないよう、金と黒を基調に落ち着いた華やかさでまとめられています。

Q.日光二社一寺は一度に回れますか?

A.三つとも栃木県日光市の日光山内に並んでいて、日光東照宮・日光二荒山神社・日光山輪王寺の互いの直線距離はいずれも約1kmです。二社一寺の国宝9棟と重要文化財94棟を合わせた103棟の建造物と、それを包む自然の景観は、1999年に世界遺産日光の社寺としてまとめて登録されています。

Q.日光二社一寺で季節の見どころはありますか?

A.日光山輪王寺では春の桜と秋の紅葉が知られています。三仏堂の前に立つ金剛桜は国の天然記念物で、白い花と赤い若葉が一緒に開く山桜として春の名物です。宝物殿の奥にある江戸時代の池泉回遊式庭園の逍遥園は、秋になると紅葉の名所になります。

📍 所在地マップ

茨城県群馬県埼玉県長野県福島県213日光東照宮日光二荒山神社日光山輪王寺50 km地図データ: Natural Earth
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