中林梧竹

(なかばやしごちく)
📍 九州佐賀県 小城市🎭 文化🏯 歴史

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【概要】

佐賀県小城市にある中林梧竹記念館が顕彰する中林梧竹は、文政10年(1827年)に小城藩士の家に生まれた書家です。廃藩置県を機に書に専念し、長崎で清国人の余元眉に学んだのち、56歳で北京に渡って本場の書法を吸収しました。漢魏六朝の碑から得た古風な筆づかいに、奔放で変化に富んだ造形を重ねた書風は、三人のなかでも際立って個性的だといわれます。

【歴史】

中林梧竹は若くして江戸に出て、山内香雪や市河米庵の流れをくむ書を学びました。小城藩に仕えながら書を続けていましたが、明治4年(1871年)の廃藩置県で藩がなくなると、45歳で役職を退いて書に専念します。長崎では清国人の余元眉と出会い、中国の新しい書法に目を開かれました。明治15年(1882年)には北京へ渡り、1年8か月にわたって研鑽を積んでいます。

【特徴】

梧竹の書は、隷書や楷書、草書の要素が一つの作品の中で入り混じるほど自由で、文字の大きさや傾きにも大胆な変化をつけています。北京から帰国する際には多くの碑の拓本や古い書の資料を持ち帰り、それを手本に晩年まで工夫を重ねました。楊守敬がもたらした六朝の書に日本で触れるだけでなく、早くから自ら中国に身を置いて学んだ点が際立っています。

【見どころ】

佐賀県小城市にある中林梧竹記念館は、図書館や歴史資料館とともに桜城館と呼ばれる複合施設の2階に入っています。梧竹の作品や関係資料を所蔵し、テーマを変えながら展示を行っています。近くの小城公園は小城藩主の鍋島家が築いた庭園を起源とする桜の名所で、城下町の面影とあわせて梧竹の故郷を感じられます。開館日や展示替えの予定は、市の案内で確かめてください。

【トリビア】

明治31年(1898年)、72歳の梧竹は富士山頂に「鎮國之山」と刻んだ銅碑を建てました。この年の8月には麓から自らの足で山頂まで登り、除幕式に臨んだと伝えられます。高齢を感じさせない健脚ぶりは、晩年まで旺盛に筆を執り続けた梧竹の気力をよく物語っています。梧竹は大正2年(1913年)に亡くなるまで書に打ち込み、三筆のなかで最も長い生涯を送りました。

📅 最終更新: 2026/11/6
中林梧竹
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です