【概要】
戦後、全国から入植者が集まり「川南原」の開拓に挑みました。茶畑や畜産など多角的な農業経営が展開され、その規模と実績から「開拓の母」とも称される成功例となりました。
【歴史】
宮崎県川南町にある川南原は、水はけの良すぎるシラス台地で、戦前は陸軍の軍馬補充部や演習場が置かれていました。太平洋戦争のさなかには空挺落下傘部隊の訓練拠点にもなり、終戦とともに広大な軍用地が開放されます。食糧増産と引揚者の受け皿を兼ねた国の緊急開拓事業のもと、日本三大開拓地に数えられる川南(通山)の開拓が本格的に始まり、入植者は木の根と石だらけの土地に向き合うことになります。
【特徴】
川南原の開拓には、満州からの引揚者や復員した兵士、戦災に遭った人々が全国各地から集まりました。約千八百ヘクタールに及ぶ原野を人力で切り開く作業は過酷で、バラック小屋に暮らしながら木の根を掘り起こす日々が続きます。水の乏しい土地では稲作が難しく、やがて畜産へ軸足を移したことが、今日の産地形成につながりました。国の事業として1939年から1959年にかけて進められた、息の長い開拓でした。
【見どころ】
入植者が全国から集まった経緯から、この町は「川南合衆国」の愛称でも親しまれています。毎月第四日曜日に開かれる「トロントロン軽トラ市」は2006年に六十四台で始まり、今では百三十台前後の軽トラックが荷台に農産物や加工品を並べる日本最大級の朝市に育ちました。開拓前の歴史を伝える落下傘部隊の記念碑も町内に残されています。開催日の朝は、目抜き通りが早くから買い物客であふれます。
【トリビア】
1949年(昭和24年)には昭和天皇の巡幸が行われ、開拓地としての川南の名は全国へ知られるようになりました。現在は養豚や養鶏をはじめとする畜産が盛んで、県内を代表する産地の一つとなっています。青森の十和田、福島の矢吹とは三大開拓地としての交流が続き、荒れ地に鍬を入れた先人の労苦を語り継ぐ機会となっています。畜産のさかんな土地柄を生かした肉料理も、この町を訪ねる楽しみの一つです。


