今井宗久

(いまいそうきゅう)
📍 近畿大阪府 堺市🎭 文化

#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています

【概要】

今井宗久は、1520年に生まれた堺の豪商で茶人です。武野紹鴎に茶を学んでその娘婿となり、紹鴎の名物茶器を受け継ぎました。1568年に上洛した織田信長に名物を献じて近づき、信長の茶頭として仕えたほか、鉄砲や火薬の調達にも関わりました。大阪府堺市にある臨江寺は、宗久の曾孫にあたる今井兼続が開いた寺で、今井家の足跡を伝えています。

【歴史】

今井宗久の出自は近江とも大和ともいわれ、はっきりしません。堺に出て納屋を営みながら武野紹鴎に茶を学び、その娘婿となりました。1568年、上洛した織田信長に名物の松島の茶壺と紹鴎茄子を献じて信頼を得ます。信長が堺に多額の矢銭を求めた際には、町衆のなかで早くから信長に従う立場をとり、堺が織田方へ傾くきっかけをつくったとされます。

【特徴】

今井宗久は茶人であると同時に、戦国の商いを動かした実業家でした。信長のもとで鉄砲や火薬の調達にかかわり、但馬の銀山をめぐる工作にも名前が見えます。茶の湯の席は、武将と商人が名物を介して結びつく交渉の場でもあり、宗久はその両方に通じた人物でした。本能寺の変のあとは豊臣秀吉の茶頭となり、千利休、津田宗及と並んで重んじられました。

【見どころ】

大阪府堺市にある臨江寺は、承応元年にあたる1652年に宗久の曾孫の今井兼続が開いた寺で、南宗寺の西隣に位置します。兼続はこの寺で宗久の師であり義父でもある武野紹鴎の百年忌を営んだと伝えられ、今井家と堺の茶の湯の結びつきを物語っています。周辺は土居川の跡に沿って寺院が集まる一帯で、三宗匠ゆかりの地を歩いてめぐることができます。

【トリビア】

今井宗久の茶会の記録は『今井宗久茶湯日記抜書』として伝わり、信長や秀吉の時代の茶会を知る手がかりになっています。1587年の北野大茶湯では、千利休、津田宗及とともに秀吉の茶席を受け持ちました。子の今井宗薫も茶人として知られ、秀吉に仕えたのち徳川家康にも重んじられています。宗久は1593年に亡くなり、堺の豪商の家は子孫へと引き継がれました。

📅 最終更新: 2026/11/8
今井宗久
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です