百済寺

(ひゃくさいじ)
📍 近畿滋賀県 東近江市⛩️ 寺社⛰️ 名所

【概要】

百済寺は滋賀県東近江市にある天台宗の寺で、釈迦山と号し、本尊は十一面観音です。推古天皇14年(606年)に聖徳太子が、渡来した百済の人々のために百済の龍雲寺を模して建てたと伝えられ、近江でも最古級の寺とされます。中世には千近い坊を抱える大寺院でしたが、1573年に織田信長の焼き討ちで焼失し、江戸時代に再建されました。境内は国の史跡に指定されています。

【歴史】

百済寺は、推古天皇14年(606年)に聖徳太子が百済の龍雲寺にならって建てたことから、その名がついたと伝えられます。開山の法要には高句麗の僧の恵慈や百済の僧の道欽が仕えたとされます。中世には千近い坊を抱える大寺院となりましたが、1573年、六角氏の籠城を助けたとして織田信長に焼き討ちされ、伽藍のほとんどを失いました。

【特徴】

本尊の十一面観音は、聖徳太子が山中で見いだした霊木の杉を、根の付いた立ち木のまま刻んだと伝えられ、植木観音とも呼ばれる秘仏です。焼き討ちの際には遠く離れた別院へ移されて難を逃れたとされます。今の本堂は慶安3年(1650年)に仁王門などとともに再建されたもので、重要文化財に指定されています。斜面に石垣が幾重にも残る境内は、山城のような趣をもっています。

【見どころ】

本坊の喜見院の庭は、背後の鈴鹿の山並みを借景にした池泉回遊式の庭園で、昭和の中頃に整えられました。庭の高みにある遠望台からは湖東平野が一望でき、晴れた日には遠く比叡山まで見渡せることから、天下遠望の名園と呼ばれています。滋賀県内でも最大級の寺院庭園とされ、紅葉の季節には池のまわりが赤や黄に色づいて、ひときわ華やかな眺めになります。

【トリビア】

16世紀に日本を訪れたポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、焼き討ちの前の百済寺の繁栄ぶりを書簡に記し、地上の楽園とたたえたと伝えられます。仁王門には長さ3メートルほどの大草鞋が掛けられており、触れると足腰が丈夫になり、健康で長生きできるといわれています。この大草鞋はおよそ10年ごとに新しく編み直され、門をくぐる参拝者の目を引いています。

📅 最終更新: 2026/10/2
百済寺
※画像はAIによって生成されたイメージ画像です