かつて大航海時代、世界に流通する銀の大きな割合を日本産が占め、「シルバー・アイランド」と呼ばれたほど日本は世界的な銀の産出国として知られていました。その黄金ならぬ「白銀時代」を牽引し、政治や経済の中心となった国内屈指の巨大銀山群が「日本三大銀山」です。世界遺産として名高い島根県の「石見銀山」、かつての幕府直轄地であった兵庫県の「生野銀山」、そして東北の雄である福島県の「半田銀山」の3つが挙げられます。現在ではその多くが歴史遺産として、坑道跡やノスタルジックな鉱山町の景観を当時のまま残しています。
A.三つとも江戸時代に幕府の直轄となった銀山です。石見銀山は関ヶ原の戦いののち徳川家康が天領とし、大森に代官所が置かれました。生野銀山は幕府の財政を支える直轄鉱山として栄え、半田銀山も寛文4年(1664年)に江戸幕府の直轄となっています。
A.石見銀山では銀の採掘が1923年まで続きました。生野銀山は1973年に閉山するまで千年以上にわたって掘り続けられています。半田銀山は昭和25年に休鉱し、昭和51年に採掘が放棄されて長い歴史を閉じました。
A.鉱山と町と森が共存する景観が保たれてきた点が高く評価されたためです。銀の精錬の燃料に周囲の森を使いながらも山を丸裸にしませんでした。2007年に「石見銀山遺跡とその文化的景観」として登録され、鉱山遺跡としてはアジアで初めての登録です。
A.石見銀山と生野銀山は坑道の一部を公開しています。石見銀山の龍源寺間歩は約160メートルが常時公開され、大久保間歩は予約制のガイドツアーで入れます。生野銀山は約1000メートルが観光坑道です。半田銀山の坑道は普段は公開されておらず、跡地の史跡公園を散策できます。
A.三つの銀山は島根県・兵庫県・福島県にあり、西日本の二つは比較的近くにあります。直線距離で石見銀山と生野銀山は約220km、生野銀山と半田銀山は約590km、石見銀山と半田銀山は約780km離れています。