奥州三関

奥州三関

奥州三関は、古代の律令国家が蝦夷との境目に設けた三つの関所、白河関・勿来関・念珠ヶ関をまとめた呼び名です。奥州三古関、奥羽三関とも呼ばれます。いずれも都の人々にとって北の果てを示す境として意識され、平安時代以降は歌枕として数多くの和歌に詠まれました。ただし勿来関と念珠ヶ関は古代の関の正確な位置が定まっておらず、今日訪ねられる史跡は伝承地・推定地とされています。

地域名数>奥州三関
念珠ヶ関
🏯 歴史
📍 山形県 鶴岡市

念珠ヶ関

(ねんじゅがせき)

念珠ヶ関は、山形県鶴岡市にある鼠ヶ関の集落に跡が残る関で、奥州三関のうち日本海側を守った関にあたります。鼠ヶ関とも書かれ、集落の中を新潟県との県境が通る珍しい土地です。古代の関の位置には諸説あり、市の史跡となっている近世念珠関址とは別に、南の県境付近に推定地が見つかっています。源義経の上陸伝説も伝わる、海と街道が交わる要所でした。

念珠ヶ関の詳細を見る »
白河関
🏯 歴史
📍 福島県 白河市

白河関

(しらかわのせき)

白河関は、福島県白河市にある旗宿の丘に跡が残る古代の関所で、陸奥国の南の玄関口にあたりました。平安時代の公文書にも名が見え、蝦夷に備える最前線として築かれたと考えられています。寛政十二年に白河藩主の松平定信が考証して場所を定め、現在は国の史跡に指定されています。歌枕としても名高く、多くの歌人が憧れた地で、丘には空堀や土塁の跡が今も残ります。

白河関の詳細を見る »
勿来関
🏯 歴史
📍 福島県 いわき市

勿来関

(なこそのせき)

勿来関は、福島県いわき市にある丘に伝承地が整えられた古代の関で、住所では勿来町関田にあたります。名は「来るな」を意味する古語に由来し、都から見た境の厳しさを伝えます。源義家の歌で知られる歌枕ですが、古代の関の正確な位置は今も定まっておらず、ここも推定地のひとつです。現在は関跡の公園として桜の名所になっており、勿来関文学歴史館では歌枕としての歩みをたどることができます。

勿来関の詳細を見る »

❓ 奥州三関のよくある質問

Q.奥州三関は何のために設けられた関所ですか?

A.奥州三関は、古代の律令国家が蝦夷との境目に設けた三つの関所です。白河関は陸奥国の南の玄関口、勿来関は陸奥国の海沿いの入口、念珠ヶ関は日本海側を守る関にあたりました。都の人々にとって北の果てを示す境として意識され、平安時代以降は歌枕として数多くの和歌に詠まれました。

Q.奥州三関の正確な位置はわかっているのですか?

A.白河関は寛政十二年に松平定信が考証して場所を定め、発掘調査を経て国の史跡になっています。一方、勿来関と念珠ヶ関は古代の関の正確な位置が定まっていません。勿来関には宮城県利府町の名古曽に求める説もあり、念珠ヶ関では一九六八年の発掘で近世の関所跡とは別に古代の関の跡と見られる遺構が確認されました。

Q.奥州三関はどのような和歌に詠まれているのですか?

A.白河関は能因法師の「都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」で歌枕として名を知られ、のちに西行や松尾芭蕉も訪ねました。勿来関では、源義家が詠んだと伝わる「吹く風を勿来の関と思へども道もせに散る山桜かな」が千載和歌集に収められ、代表的な一首として親しまれています。

Q.奥州三関の三つの関はどれくらい離れていますか?

A.白河関と勿来関はどちらも福島県にあり、直線距離で約50km離れています。念珠ヶ関は山形県鶴岡市にあり、白河関から直線距離で約180km、勿来関からは約220kmです。太平洋側の勿来関と日本海側の念珠ヶ関が最も離れており、三つの関が東北への入口を広く押さえていたことがわかります。

📍 所在地マップ

宮城県群馬県山形県新潟県長野県栃木県312白河関勿来関念珠ヶ関50 km地図データ: Natural Earth
  1. 1白河関Google マップ
  2. 2勿来関Google マップ
  3. 3念珠ヶ関Google マップ