名古屋三英傑

名古屋三英傑

名古屋三英傑は、戦国の世を天下統一へ導いた織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の三人を指す呼び方で、郷土三英傑や戦国三英傑とも呼ばれます。三人はいずれも尾張や三河、いまの愛知県で生まれ育ちました。家康が生まれたのは名古屋ではなく岡崎城ですが、のちに名古屋城の築城を命じて現在の名古屋の骨格をつくった人物であることから三英傑に数えられます。毎秋の名古屋まつりでは、三英傑に扮した郷土英傑行列が市街を練り歩きます。

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織田信長
🏯 歴史
📍 愛知県 名古屋市中区

織田信長

(おだのぶなが)

織田信長は、天文3年(1534年)に尾張で生まれ、戦国の世を天下統一へ大きく近づけた武将です。生誕地は那古野城とする説と勝幡城とする説があり、近年は勝幡城説が有力とされています。那古野城は父の織田信秀から譲られた最初の居城で、その跡地は愛知県名古屋市中区にある名古屋城の二之丸にあたり、いまも石碑が建っています。

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豊臣秀吉
🏯 歴史
📍 愛知県 名古屋市中村区

豊臣秀吉

(とよとみひでよし)

豊臣秀吉は、天文6年(1537年)に尾張国愛知郡中村、いまの愛知県名古屋市中村区で生まれたと伝えられる武将です。足軽の家から身を起こして織田信長に仕え、信長の死後は天下統一を成し遂げました。生誕地には明治18年(1885年)に豊国神社が創建され、参道の入口には高さ約24メートルの大鳥居が立っています。

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徳川家康
🏯 歴史
📍 愛知県 岡崎市

徳川家康

(とくがわいえやす)

徳川家康は、天文11年(1542年)に愛知県岡崎市の岡崎城で生まれ、江戸幕府を開いた武将です。織田信長・豊臣秀吉とともに名古屋三英傑の一人に数えられます。晩年の秀吉からは五大老の筆頭として幼い秀頼の後見を託されましたが、秀吉の死後に力を強め、関ヶ原の戦いを経て天下を握りました。岡崎公園には産湯の井戸やえな塚が残り、誕生の地であることを伝えています。

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❓ 名古屋三英傑のよくある質問

Q.名古屋三英傑のうち、名古屋で生まれていないのは誰ですか?

A.徳川家康です。家康は天文11年(1542年)12月26日に愛知県岡崎市の岡崎城内で生まれました。名古屋生まれではありませんが、尾張の拠点を清須から移して名古屋城の築城を始めさせ、清須越によっていまの名古屋の骨格をつくったことから三英傑に数えられます。

Q.名古屋三英傑の三人は、どの順番で生まれましたか?

A.織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の順です。信長は天文3年(1534年)、秀吉は天文6年(1537年)、家康は天文11年(1542年)に生まれました。三人はいずれも尾張や三河、いまの愛知県で生まれ育っています。

Q.織田信長はどこで生まれたのですか?

A.織田信長の生誕地には那古野城説と勝幡城説があり、近年は勝幡城説が有力とされていますが、なお決着はついていません。那古野城は父の織田信秀から譲られた最初の居城で、その跡は名古屋市中区の名古屋城二之丸一帯にあたり、いまも石碑が建っています。

Q.名古屋まつりの郷土英傑行列では、三英傑はどのように登場しますか?

A.三英傑に扮した行列が秋の市街を練り歩き、織田信長役が先頭に立って騎馬で進み、徳川家康役は最後に登場します。信長役は一般から公募されており、馬に乗れることが条件とされてきました。行列の日程は年によって変わります。

Q.名古屋三英傑のゆかりの地は一度に巡れますか?

A.三か所とも愛知県内にあります。那古野城跡(名古屋城二之丸)と豊臣秀吉の生誕地とされる中村公園は直線距離で約4km、那古野城跡と徳川家康が生まれた岡崎城は約30km、中村公園と岡崎城は約40km離れています。

📍 所在地マップ