松江三大銘菓

松江三大銘菓

松江三大銘菓は、島根県松江市に伝わる若草・山川・菜種の里の三品を指し、不昧公三大銘菓とも呼ばれます。松江藩七代藩主の松平治郷、号を不昧が茶の湯を広めたことで、松江は京都や金沢と並ぶ和菓子処に育ったとされます。いずれも茶席で供された菓子で、明治維新の前後にいったん途絶えながら、地元の老舗が製法を掘り起こして復活させました。抹茶とともに味わうと、その成り立ちがよくわかります。

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若草
🍜 料理🥢 名産
📍 島根県 松江市

若草

(わかくさ)

若草は、島根県松江市にある彩雲堂が伝える松江の代表銘菓で、やわらかな求肥を薄緑の寒梅粉でまとった茶席菓子です。松江藩七代藩主・松平治郷、号を不昧の歌にちなんで名付けられ、明治維新の後にいったん姿を消しましたが、明治中期に彩雲堂の初代・山口善右衛門が古老や茶人の伝承をもとに研究を重ねて復元したと伝えられます。しゃりっとした衣ともっちりした中身の対比が持ち味です。

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山川
🍜 料理🥢 名産
📍 島根県 松江市

山川

(やまかわ)

島根県松江市の「風流堂」などが製造する銘菓です。不昧公(松江藩主・松平治郷)が好み、茶会で用いたとされます。赤と白の対になった落雁で、赤は紅葉の山を、白は流れる川(水)を表しています。しっとりとした独特の質感を持ち、控えめな甘さと口溶けの良さが抹茶によく合います。

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菜種の里
🍜 料理🥢 名産
📍 島根県 松江市

菜種の里

(なたねのさと)

菜種の里は、島根県松江市にある三英堂が伝える打ち物の茶席菓子で、春の菜の花畑を白い蝶が舞う情景を一枚の菓子に写したものです。松江藩七代藩主・松平治郷、号を不昧が好んだ菓子と伝えられ、菜の花色の生地に焙じた玄米を蝶に見立てて散らします。明治維新の後に製法は途絶えましたが、昭和初期に三英堂が受け継いで復活させたとされます。

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❓ 松江三大銘菓のよくある質問

Q.なぜ松江に松江三大銘菓が生まれたのですか?

A.松江藩七代藩主の松平治郷、号を不昧が茶の湯を広めたことが背景にあります。若草・山川・菜種の里はいずれも不昧が好み、茶席で供された菓子と伝えられ、不昧公三大銘菓とも呼ばれます。不昧の影響で茶の湯が暮らしに根づいた松江は、京都や金沢と並ぶ和菓子処に育ったとされます。

Q.松江三大銘菓の若草・山川・菜種の里はどう違いますか?

A.作りと色が異なります。若草は求肥を薄緑の寒梅粉でまとった菓子で、しゃりっとした衣ともっちりした中身の対比が持ち味です。山川は紅と白の二枚で山の紅葉と川の水を表す落雁です。菜種の里は菜の花色の打ち物に焙じた玄米を散らし、白い蝶に見立てています。

Q.松江三大銘菓は一度途絶えたのですか?

A.三品とも明治維新の前後にいったん製法が途絶え、地元の老舗が掘り起こして復活させました。若草は明治中期に彩雲堂の初代・山口善右衛門が復元したと伝えられ、山川は1890年創業の風流堂が古い記録をたどって復活させました。菜種の里は昭和四年創業の三英堂が製法を授かり、再び世に出しています。

Q.松江三大銘菓の名前はどこから来ているのですか?

A.三品とも不昧公の歌にちなむと伝えられます。若草は「曇るぞよ雨降らぬうちに摘みてほす栂尾山の春の若草」に、山川は紅葉と山川の水を詠んだ和歌に、菜種の里は菜の花の野辺に蝶が行き交う様子を詠んだ歌に由来するとされます。いずれも景色を菓子の姿に写しているのが特徴です。

📍 所在地マップ

岡山県広島県鳥取県島根県兵庫県231若草山川菜種の里50 km地図データ: Natural Earth
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