古代三関

古代三関は、律令国家が畿内の東の護りとして置いた三つの関、伊勢国の鈴鹿関・美濃国の不破関・越前国の愛発関をまとめた呼び名です。三関はさんげん、さんかんと読み、天皇の崩御や反乱といった国家の大事には固関使が遣わされて関が閉ざされました。延暦八年に停廃された後、九世紀の初めには愛発関に代わって近江国の逢坂関が数えられるようになります。陸奥の白河関などを指す奥州三関とは別のものです。

地域名数>古代三関
愛発関
🏯 歴史⛰️ 名所
📍 福井県 敦賀市

愛発関

(あらちのせき)

愛発関は、福井県敦賀市にあったとされる古代の関で、北陸道を押さえて畿内の北東を守りました。ところが所在地は今も特定されておらず、疋田や追分、山中の峠道など複数の推定地が唱えられています。中でも疋田から追分にかけての一帯が有力とされますが、発掘調査でも関の遺構は確認されていません。延暦八年の停廃の後、九世紀の初めには近江の逢坂関が三関のひとつに数えられるようになりました。

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不破関
🏯 歴史⛰️ 名所
📍 岐阜県 関ケ原町

不破関

(ふわのせき)

不破関は、岐阜県関ケ原町にある松尾の台地に跡が整備された古代の関で、東山道を押さえて畿内の東を守りました。壬申の乱で大海人皇子がこの地を制した経験をもとに置かれたと考えられ、藤古川の崖と版築の土塁に囲まれた十二ヘクタール余りの広がりを持ちます。岐阜県の史跡に指定され、隣接する不破関資料館では出土品や復元模型を見ることができます。関ヶ原という地名はこの関に由来します。

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鈴鹿関
🏯 歴史⛰️ 名所
📍 三重県 亀山市

鈴鹿関

(すずかのせき)

鈴鹿関は、三重県亀山市にある関町新所の台地で跡が確認された古代の関で、東海道を押さえて畿内の東を守りました。長く所在がわからないままでしたが、平成十七年に奈良時代の瓦が見つかったことをきっかけに調査が進み、関の西端を限る瓦葺きの築地塀が姿を現しました。令和三年には一部が国の史跡に指定されています。ふもとには江戸時代の宿場町の町並みが残り、関という地名そのものがこの関に由来します。

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📍 所在地マップ