紀州三大祭は、和歌山県内で古くから続く三つの大きな祭礼、和歌山市の和歌祭、紀の川市の粉河祭、田辺市の田辺祭をまとめた呼び名とされます。紀州徳川家の威光を伝える大行列、夏の夜を彩るだんじりと笠鉾など、紀北から紀南まで土地ごとの気質がそのまま形になった三つの祭りです。いずれも江戸時代までさかのぼる歴史を持ち、担い手である町衆の手で今日まで受け継がれています。
#アフィリエイト広告 このページには広告(アフィリエイトリンク)が含まれています
A.和歌祭は例年5月、粉河祭は7月最終の土曜と日曜、田辺祭は毎年7月24日の宵宮と25日の本祭に営まれます。日程や行列の内容は年によって変わることがあると記事でも触れられており、出かける前に主催者の発表を確かめておくと安心です。
A.和歌祭は神輿を急な石段から担ぎ下ろす神輿おろしと長い渡御行列、粉河祭は宵宮に提灯を灯しただんじりが門前を練る姿、田辺祭は八つの町が受け継ぐ八基の笠鉾が中心です。田辺祭の笠鉾は地元で「おかさ」と呼ばれ、宵宮に会津川のほとりに並ぶ曳き揃えが見どころです。
A.和歌祭は紀州東照宮、粉河祭は粉河寺の鎮守である粉河産土神社、田辺祭は鬪雞神社の祭礼です。紀州東照宮は徳川頼宣が創建し徳川家康を祀る社で、鬪雞神社は世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産に追加登録されています。
A.いずれも江戸時代までさかのぼります。和歌祭は元和8年(1622年)に始まったと伝えられ、2022年に創始400年を迎えました。田辺祭には慶長10年(1605年)に祭礼の車を改めたという記録が残り、粉河祭も近世には門前町の年中行事として定着していたとされます。
A.三つの祭りはすべて和歌山県内で行われます。直線距離では和歌山市の和歌祭と紀の川市の粉河祭が約20km、和歌祭と田辺市の田辺祭が約60km、粉河祭と田辺祭が約60km離れています。