紀州三大祭

紀州三大祭

紀州三大祭は、和歌山県内で古くから続く三つの大きな祭礼、和歌山市の和歌祭、紀の川市の粉河祭、田辺市の田辺祭をまとめた呼び名とされます。紀州徳川家の威光を伝える大行列、夏の夜を彩るだんじりと笠鉾など、紀北から紀南まで土地ごとの気質がそのまま形になった三つの祭りです。いずれも江戸時代までさかのぼる歴史を持ち、担い手である町衆の手で今日まで受け継がれています。

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和歌祭
🏮 祭
📍 和歌山県 和歌山市

和歌祭

(わかまつり)

和歌祭は、和歌山県和歌山市にある紀州東照宮の大祭で、元和8年(1622年)に紀州藩祖の徳川頼宣が父である徳川家康の霊を祀るために始めたと伝わります。景勝地として名高い和歌浦を舞台に、108段の急な石段を神輿が担ぎ下ろされる神輿おろしと、雑賀踊や薙刀振など多彩な芸能を連ねた渡御行列が繰り広げられ、江戸時代の祭礼の姿を今に伝える祭りとして知られています。

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粉河祭
🏮 祭
📍 和歌山県 紀の川市

粉河祭

(こかわまつり)

粉河祭は、和歌山県紀の川市にある粉河寺の鎮守、粉河産土神社の大祭で、紀州三大祭のひとつに数えられています。7月最終の土曜と日曜に営まれ、宵宮の夜には提灯を灯しただんじりが門前の「とんまか通り」を勇壮に練ります。本祭では2年に1度、武者姿の稚児らが連なる総勢400人あまりの渡御式が行われ、門前町が一年でもっとも熱を帯びます。

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田辺祭
🏮 祭
📍 和歌山県 田辺市

田辺祭

(たなべまつり)

田辺祭は、和歌山県田辺市にある鬪雞神社の例大祭で、460年以上続くとされる紀南最大の祭礼です。毎年7月24日の宵宮と25日の本祭に、旧田辺城下の八つの町がそれぞれ受け継ぐ笠鉾が囃子を響かせて巡行し、神輿渡御や流鏑馬も営まれます。世界遺産に登録された社を舞台に、夏の田辺の町が総出で盛り上がる二日間です。

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❓ 紀州三大祭のよくある質問

Q.紀州三大祭はそれぞれいつ行われますか?

A.和歌祭は例年5月、粉河祭は7月最終の土曜と日曜、田辺祭は毎年7月24日の宵宮と25日の本祭に営まれます。日程や行列の内容は年によって変わることがあると記事でも触れられており、出かける前に主催者の発表を確かめておくと安心です。

Q.紀州三大祭の見せ場はどう違いますか?

A.和歌祭は神輿を急な石段から担ぎ下ろす神輿おろしと長い渡御行列、粉河祭は宵宮に提灯を灯しただんじりが門前を練る姿、田辺祭は八つの町が受け継ぐ八基の笠鉾が中心です。田辺祭の笠鉾は地元で「おかさ」と呼ばれ、宵宮に会津川のほとりに並ぶ曳き揃えが見どころです。

Q.紀州三大祭はそれぞれどの神社のお祭りですか?

A.和歌祭は紀州東照宮、粉河祭は粉河寺の鎮守である粉河産土神社、田辺祭は鬪雞神社の祭礼です。紀州東照宮は徳川頼宣が創建し徳川家康を祀る社で、鬪雞神社は世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産に追加登録されています。

Q.紀州三大祭はいつ頃から続いているのですか?

A.いずれも江戸時代までさかのぼります。和歌祭は元和8年(1622年)に始まったと伝えられ、2022年に創始400年を迎えました。田辺祭には慶長10年(1605年)に祭礼の車を改めたという記録が残り、粉河祭も近世には門前町の年中行事として定着していたとされます。

Q.紀州三大祭の開催地はどれくらい離れていますか?

A.三つの祭りはすべて和歌山県内で行われます。直線距離では和歌山市の和歌祭と紀の川市の粉河祭が約20km、和歌祭と田辺市の田辺祭が約60km、粉河祭と田辺祭が約60km離れています。

📍 所在地マップ

高知県三重県大阪府徳島県奈良県兵庫県213和歌祭粉河祭田辺祭50 km地図データ: Natural Earth
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