出雲国三大社は、古代出雲の信仰を今に伝える出雲大社・熊野大社・佐太神社の三社を指す呼び名です。出雲大社と熊野大社はともに出雲国一宮に数えられ、佐太神社は二ノ宮として佐陀大社とも呼ばれてきました。『出雲国風土記』が記す四大神との関わりから顔ぶれには異説もあるとされますが、三社はいずれも大社造の社殿と独自の神事を受け継ぎ、神在月の島根をめぐる旅の軸になっています。
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A.出雲大社と熊野大社はともに出雲国一宮に数えられ、佐太神社は出雲国二ノ宮として佐陀大社とも呼ばれてきました。熊野大社は『延喜式』で名神大社に列した古社で、佐太神社は『出雲国風土記』に佐太御子社と記されています。
A.熊野大社の鑽火祭では、出雲大社の宮司が古伝新嘗祭で神火をおこすための燧臼と燧杵を受け取りに訪れます。その際、熊野大社の亀太夫が出雲大社側の持参した餅に難をつけることから亀太夫神事と呼ばれ、全国でも例の少ない問答の神事として知られています。
A.正殿・北殿・南殿の三棟が横に並ぶ三殿並立という全国でも類を見ない構えで、いずれも大社造で建てられています。中央の正殿は大社造としては出雲大社に次ぐ規模を持ち、社殿は国の重要文化財に指定されています。
A.出雲大社では旧暦10月の神在月に「神迎神事」「神在祭」「神等去出神事」が続けて執り行われます。佐太神社でも十一月下旬に神在祭が営まれ、土地ではお忌さんと呼ばれて、期間中は歌舞音曲を慎んで静かに過ごす習わしが受け継がれてきました。
A.三社はいずれも島根県にあり、出雲大社は出雲市、熊野大社と佐太神社は松江市に鎮座します。直線距離で出雲大社と熊野大社は約40km、出雲大社と佐太神社は約30km、熊野大社と佐太神社は約16km離れています。